続き
岩谷堂は児玉33霊場、第2札場所で普明寺の奥ノ院です。江戸時代に浄土宗僧の浄厳が一向専修念仏道場を開いた修験場だった様です。
岩谷堂が見えてきた所まで時間的には30分弱でしたが急坂の上に足場が悪く思った以上に難儀してしまいました。それに加え手入れがされているとは言え杉が密生し昼なお暗く一人で来たら心細さを感じてしまった事でしょう。
この陣見山一帯にはどれ程の石仏が置かれているのでしょう。道の両側の石積みにも無数の石仏が安置されておりました。
石の上に堆積した枯葉、下りに足を取られたら骨折しかねません。油断禁物です
まるで獅子が牙を剥いているかの様ですね
堂内は暗くフラッシュを焚いて撮影しましたところ
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大師様の後ろに紅い衣を纏った人の姿が・・・・・家に帰り写真を確認するまで雄さんも私も全く気付きませんでした。
奥ノ院は堂から7分ばかり先に在る様でしたが、時間も無く断念
ちょっと疲れましたねぇ
無事下山
里に戻り振り返れば煙る里山の秋景色です
そして大門家さんの門を潜ります。美味しいウドンに舌鼓を打ちながら(雄さんは宮城の銘酒、浦霞を)二度目の再会に話も弾み、黄葉したと言う大銀杏の事はスッカリ忘れておりました。
okeiさんより「たかさんの所の様な華やかさはありませんが銀杏が色付いて来ました」とのお電話を戴いた。「次は秋にお伺いしますので周辺が色付いたら知らせて下さい」と約束してあったのだ。
家からそれほど遠い場所ではないが折角なので岩谷堂を組ませる事にした。さっそく大門家(だいもんち)さんの電話番号をセットし9時半家を出る。ところが児玉に入り指示通り農協入口の信号を右折したところで「目的地に到着しました」とナビ。
大門家さんの有る場所は、もっとしっとりと落ち着いた山里、こんな町中では無い、もしかして電話番号を間違えたかとセットし直すも、あちこち回され結局、同じ場所に戻されてしまった。
前回はスンナリ来られたのに完全にナビに見放されてしまった様だ。仕方なく大門家さんに電話を入れると「只今、混みあっておりまして電話に出る事が出来ませんので直接、お出かけ下さい」というメッセージが虚しく流れ、もう八方塞り状態になってしまった。そうだ!住所を入れれば良いのだと思い付き一件落着したが、かなり時間のロスをしてしまった。
okeiさんの話によると「岩谷堂迄は道が細くUターンする場所も無いので最奥の家の脇に車を置いて歩く事をお奨めします」との事だったので指示通りそこから歩く事にしたが10時半に出発の予定が既に11時を廻ってしまっていた。okeiさんは「時間は気にしなくても良いですよ、2時までやってますから」と仰って下さったので取り敢えず岩谷堂を目指す事にした。
最奥の家から暫く歩くと岩屋堂まで1・3㎞の標柱があった。この時点で時間は11時38分。
結構、早足で歩いて来たつもりだったが登山口まで27分(12時04分)を要してしまった。此処から岩谷堂までは350mと表示されていたので休憩もそこそこに平たい石が散乱する登山道を登るがスニーカーでは心もとない。下りは相当用心が必要かもしれない。
道の脇にはかなりの数の石仏が置かれていた。苔むした石仏、真新しい石仏が造立されているが、この石仏寄進は今でも続いている様だ。
漸く中間点、疲れた~
前方に人影が・・・そして後方にも・・・
相談した訳では無いがお互いがカメラを向けあうのがピッタリ合ってしまった様だ
私がシャガミコンデいるのは、ちょっと不気味な感じのする石仏に腰を抜かした訳では有りません。 さて、いよいよ岩谷堂は目の前です(12時36分) 駐車した場所から約1時間の道程でした。 続きますのでコメント欄は閉じます。