今回は極めてマイナーな山を取り上げました
上州百名山を目指す中で忘れられない山が在りました
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平成8年4月21日
ここのところ二人とも風邪が長引いて何処にも出られず机上登山ばかりしていた
今ではその数も数えきれない程となって、これ全てを登り尽くす事が不可能で有る事は
解っているが未知の山が現実の山とならなくとも、それはそれ
私の中に身近なものとして拡大していく事が喜びであり満足なのだ
「今日は幾つ登った?」
「北海道の山を三山」
そんな会話が交わされ一日が過ぎて行くのだ
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略
アカヤシオの時期には混みあう三ッ岩岳と烏帽子岳の間に在る里宮橋登山口が出発点
大津に登る人は居ないだろうが結構な車の数だった
私達は橋の上に車を停め雑木林の中、大仁田川を遥か下に見ながら流れに沿って
登って行った 所々崩壊した個所が有り気が抜けない
周囲の木々は殆ど裸だ、そんな中それにとって代わる様にマンサクの黄
足元にはヒトリシズカや可憐なスミレもチラホラ見られる
やがて流れが足元に近づいた頃、二分する道をテープ頼りに登って行くと
どうもおかしかった
地図と合わないのだ 赤いテープを手に取ってみると
其の印は営林署の物と解りやむなく引き返した
大岩に阻まれて見えなかったのだが、その直ぐ先に最初の大橋は在った
頼り無さそうな丸太の橋だ(私が最も苦手とする橋渡り)
周辺にはハシリドコロが見られる様になり進むにつれその数も多くなっていく
そんな不気味色をした花とは対照的に流れは底の石ころ一つ一つ迄もスッキリと透かし
清らかな水音を響かせて流れている 水量も豊富で連続する小滝も力強い
道は川を高巻いたり流れの脇を通ったりしながら奥へ奥へと入って行く
ふと何時かテレビでここの子供達は空を描かせると四角く描くんですよと
言っていた教師の言葉を思い出した 四方を山に囲まれ四角く見える空しか知らないのだ
見上げる空はまさに、その四角い空だった
行きに選んだケルンからの直登コースは直ぐに見つける事が出来たが藪が酷く
登れる状態では無かったので、そのまま川沿いを直進 近くに馬頭観音が祀られていた
この道は昔、佐久・大日向へ抜ける物資輸送路に利用されていた道であり
峠近くの小平地には眼病に効く鉱泉が湧き薬師堂も建っていたと言う
そんな遠い日に想いを馳せながら先に進むと庭園の様な広河原に出た
山峡を縫う様に流れる川に両側からスロープが優しく迫り、その中に雑木が
まるで人の手を加えた様にバランスよく配置されているのだ
「この一部分だけでも自分の庭だったらなぁ」と雄さんは物欲しげに眺めていた
私達は流れの傍らにザックを置いて冷たい水で手を洗った
雄さんは童心に返って、あちこちと石を捲った
居る・居る! 真っ黒なサンショウウオがジッと蹲っている
体を突くと面倒臭そうに近くの石の下に移動し姿を隠した
ここでズッと連れ添って来た流れと別れ、いよいよ稜線への急登だ
大津は最近、注目を集めたばかりの山であり、そのため標識の類は何もない
樹林帯の中の微かな踏み跡をただただ見落とさない様に追うだけだ
雄さんが「間違ってもオナラはするなよな」と言った
私の尻がちょうど雄さんの鼻先と言う急登なのだ 「空が見えてきた」と言う声に
顔を上げたらバランスを崩し半回転して雄さんと向かい合ってしまった
コッチジャネエヨ、アッチダヨとまるで弥次喜多道中だ
「道を見失ったら稜線を目指せばよい」とガイドブックに有ったが
とうとう、その通りになり漸く登りあげた尾根は後で解った事だが
赤テープが有る場所から100mほど外れた場所だった
取り敢えず持参のストッキングを結び歩を北に向けたが標識が無いので
気持ちが少々焦り出して来た
「あの川の流れを見ただけでも満足だ」雄さんが悲観的な言葉を言っている
行く手に多数のテープを発見した時には正直ホッとした
間もなく朽ちた材木が散乱する伐採櫓跡に着いた
今まで木々を透かして見えていた展望がここで初めて開けた
その中に真っ白な浅間山が優しく覗く
この辺りアカヤシオが特に美しい所らしいが今はその片鱗さえもなく
やっと春の眠りから覚めたばかりという感じだった
東側の谷を隔てて山肌には先日降った雪がベッタリと張り付いている
この辺りから所々に巨岩が立ちはだかる様になった
その一つ裂石を見つけた雄さん、私をその前に立たせシャッターを押すと
「良く拝んでおいたから更年期もこれで10年延びる」・・何か意味が有るのかな???
1053m峰で二分する尾根を右に下り再び登り返した地点から左に入ると
主峰手前の岩峰に出た 目の前の三ッ岩岳に始まり西上州の山々が犇めくその上に
ここでも浅間山が頭を見せている
眼下の山間には雨沢の山里が自然に同化して何とも大らかな景色だ
此処は風も無く明るくて気持ちが良い、大津主峰は射程距離だ
展望が良い事を理由にお弁当を広げる事にした
山で食べる者は簡単なものでも実に上手い
先ず展望がオカズになり澄んだ空気は調味料だろうか
日頃、苺を口にしない雄さんが珍しく「美味しい美味しい」と言って口に運んでいる
それにしてもトロトロと居眠りが出そうなほど気持ちが良い
略
千里の眺望を楽しんだ私達はコースに戻り伐採のワイヤーが残る尾根を下り
ナイフリッジの岩稜を伝い、いよいよ大津本峰の岩稜に挑んだ
少し左側から立ち木に掴まって攀じ登ると難なく灌木の生えた山頂に出た
山頂は山名を記した小さな木札が枝に掛けられているだけだったが
東側の風景も開け先ほどとは変わった趣がこの頂には有った
1053m峰まで戻り今度は北西に向って尾根を下り塔状岩峰を目指す
それぞれの距離は僅かなもので有るが一旦下っての登り返しの連続は辛い
やがて岩峰の基部に着くと登り口に戸惑った
雄さんが様子を見て来ると言って登り始めた
暫くしてから私は主人が最初に登った地点から木の根やイワ角を伝って登ってみた
すると岩を登りあげた所に踏み跡を見つけた
道が解った事を大声で叫んだがその声は届かず、その代わりに
こっちは危険だから着いてくるなと言う声が返ってきた
合流点を一足先に着いた雄さんに追いつくと
まさか・・・来たのかとビックリしている
ここも周りがスッポリ切れ落ちている為、四囲の眺望は申し分なく
大津山頂からの岩峰から景色が一つに集約されて広がっていた
展望を堪能すると夢中で登って来た岩壁を草木を命綱代わりにし
足を踏ん張りながら慎重に下る
久し振りのフリークライミングの緊張感
此処は鎖が是非とも欲しい所だ
広河原の下降地点まで戻り広河原までの急斜面を木に体当たりしながら
一気に駆け下った 汗を掻きかき登った道も下りは呆気なかった
登山靴の先に当たる爪が痛い 頃合いを見て川の畔にリュックを置き
ラーメンを作って食べた 午後の陽光は谷間までは届かないが気まぐれに
揺れる川面は艶やかな輝きで辺りを満たしている
川べりはヒンヤリとし汗ばんだ体が急速に冷え
心なしか辺りも暗くなってきた
4時、登山口に着くとあれ程停まっていた車も僅か3台だけだった
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雨沢周辺に近代的な建物は全く見られない
立派な門構えの寺を中心にゆったりとした家々が山と川に挟まれ伸びている
ソメイヨシノ、山桜を眺めていたら
♪山に咲く 里に咲く 野にも咲くのフレーズが、ふと浮かんできた
(塔状岩峰は危険だったためか写真は残っておりませんでした)
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