秋探しをしました。
先日は『入道雲』。 昨日は『銀杏の赤ちゃん』。 そして 昨日は『孫の夏休み木工宿題』でした。
今日は、
丸一日、庭も家中も衣装も、秋模様にしました。
庭は、草抜きをして、玄関前の夏花鉢を日当たりのよい場所に移して、剪定をして、肥料をまきました。
家は、クッションカバーを変え、壁にかけた絵を変え、食器の少しを入れ替え、家中の大掃除をしました。
衣は、私の真夏のワンピースをクローゼットの奥にしまいました。
私は、本当に貧乏性です。
明日から、秋探しの旅行です



そうなると・・・
私のいつもの貧乏性が黙っていません。 『飛ぶ鳥後を濁さず』で、家中のチェックとなりました


明日は、『風の盆』です。

秋祭りです


そして。
今日は8月23日。土曜日。
『今日の御言葉』
『イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。
「あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。
あなたがたの教師はキリスト一人だけである。
あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。」』
マタイ福音書 23章8&10&11節
イエスが、
ご自分のことを『私一人だけ』 と言わずに 『キリスト一人だけ』 と言われるのが、私には面白い。
・・・どうでもいいことかもしれないけど、なぜだろう?と、好奇心がくすぐられます。いつか調べます。
本題に戻しまして。
私には、今、沢山の、『師』 も 『教師』 もいます。
私には、もう亡くなられた『師』 も 『教師』 も、沢山いました。
学生時代の教師。 信仰生活を導いて下さる司祭達。 ランニングの師匠。 絵の先生。 父母兄弟も。 列挙しきれません。
『師』と『教師』 無しでは、 今の私は存在しません。
ただ・・・
『仕える者』に成長するまでに、私を教え導く 『教師はキリスト一人だけ』 です。
教師は、
人を教え導く時、わかり易くするために、自ら、 『模範』 を生徒に見せますよね。
群衆も弟子たちも、
『キリストの生き様』 から、多くの 『仕える者の模範』 を学びました。
『仕える者のキリストの模範』 を考えると・・・
際立った顕著な『模範』が、『二つ』あります。
一つ目。
『最後の晩餐』の席で、
『弟子の足を洗うキリスト』
です。
『イエスは、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、
食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、てぬぐいを取って腰にまとわれた。
それからたらいに水をくんで弟子たちの足を荒い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。
さて、イエスは弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
「わたしがあなた方にしたことが分かるか。
あなたがたは、私を『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。
ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、
あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」』
ヨハネ福音書 13章3~5&12~15節
『仕える』 とは 『すべての人の足元にひれ伏し、足を洗って差し上げること』 です。
『ひれ伏して、相手のすべてを受け入れること』 です。
2014年4月17日。『聖木曜日』
私の教会で。
キリストの模範に従って・・・ 『洗足式』

司式司祭様は教会に集まる人たちに『仕える者』の模範を示されました。
正に・・・
人が『仕える者』に成長するまでに、教え導くことが出来る 『教師はキリスト一人だけ』 です。
『キリストが示された模範』をもう一つ。
万人の罪の許しのために、
『十字架上での贖罪の死』
の姿で、『愛の模範』 を示されました。
以前に、キリストは、
ご自分の『仕える者の愛』 について話されました。
『わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』
ヨハネ福音書 15章12&13節
そして、キリストは、
『仕える者の愛の模範』を、ご自分の身をもって、示されました。
『イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、
「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。』
ヨハネ福音書 19章28&30節
キリストは、ご自分の言われたとおりに、
『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』 と。
『愛の模範』 を、ご自分の身をもって、示されました。
以上。
正に・・・
人が『仕える者』に成長するまでに、教え導くことが出来る 『教師はキリスト一人だけ』 です。
更に・・・
キリストはおっしゃいました。
『わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。』ヨハネ福音書 15章14節
教師と生徒が、師弟関係ではなく、『友』 になるチャンスがある。 とキリストは言われるのです。
とても難しいことです。
皆様!
『キリストの模範』を見つめながら、キリストに力を頂きながら・・・
『仕える者』となれるように、『キリストの友』となれるように、ご一緒に頑張りましょう!
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
素敵な週末をお過ごし下さい。 私は明日からは旅先からお目にかかります。 ごきげんよう!
*************
記録
今日23日のラン距離:12km
ランニング途中の公園の入り口。
『真っ黒にオレンジ色の線が一本の美しい小鳥』が、羽を最大限に広げて、死んでいた。
暑さの中・・・暑さ負けだろうか? 食物を探せなかったのだろうか? それとも 老衰?
私は、棒切れを2本探して、小鳥を挟んで、林の木の根元に置いた。
小鳥にも人にも寿命がある。 命ある間・・・家族や仲間と幸せであったことを祈りました。
8月の走行距離合計:89,5km
先日は『入道雲』。 昨日は『銀杏の赤ちゃん』。 そして 昨日は『孫の夏休み木工宿題』でした。
今日は、
丸一日、庭も家中も衣装も、秋模様にしました。
庭は、草抜きをして、玄関前の夏花鉢を日当たりのよい場所に移して、剪定をして、肥料をまきました。
家は、クッションカバーを変え、壁にかけた絵を変え、食器の少しを入れ替え、家中の大掃除をしました。
衣は、私の真夏のワンピースをクローゼットの奥にしまいました。
私は、本当に貧乏性です。
明日から、秋探しの旅行です




そうなると・・・
私のいつもの貧乏性が黙っていません。 『飛ぶ鳥後を濁さず』で、家中のチェックとなりました



明日は、『風の盆』です。






そして。
今日は8月23日。土曜日。
『今日の御言葉』
『イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。
「あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。
あなたがたの教師はキリスト一人だけである。
あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。」』
マタイ福音書 23章8&10&11節
イエスが、
ご自分のことを『私一人だけ』 と言わずに 『キリスト一人だけ』 と言われるのが、私には面白い。
・・・どうでもいいことかもしれないけど、なぜだろう?と、好奇心がくすぐられます。いつか調べます。
本題に戻しまして。
私には、今、沢山の、『師』 も 『教師』 もいます。
私には、もう亡くなられた『師』 も 『教師』 も、沢山いました。
学生時代の教師。 信仰生活を導いて下さる司祭達。 ランニングの師匠。 絵の先生。 父母兄弟も。 列挙しきれません。
『師』と『教師』 無しでは、 今の私は存在しません。
ただ・・・
『仕える者』に成長するまでに、私を教え導く 『教師はキリスト一人だけ』 です。
教師は、
人を教え導く時、わかり易くするために、自ら、 『模範』 を生徒に見せますよね。
群衆も弟子たちも、
『キリストの生き様』 から、多くの 『仕える者の模範』 を学びました。
『仕える者のキリストの模範』 を考えると・・・
際立った顕著な『模範』が、『二つ』あります。
一つ目。
『最後の晩餐』の席で、


『イエスは、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、
食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、てぬぐいを取って腰にまとわれた。
それからたらいに水をくんで弟子たちの足を荒い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。
さて、イエスは弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
「わたしがあなた方にしたことが分かるか。
あなたがたは、私を『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。
ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、
あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」』
ヨハネ福音書 13章3~5&12~15節
『仕える』 とは 『すべての人の足元にひれ伏し、足を洗って差し上げること』 です。
『ひれ伏して、相手のすべてを受け入れること』 です。
2014年4月17日。『聖木曜日』
私の教会で。
キリストの模範に従って・・・ 『洗足式』

司式司祭様は教会に集まる人たちに『仕える者』の模範を示されました。
正に・・・
人が『仕える者』に成長するまでに、教え導くことが出来る 『教師はキリスト一人だけ』 です。
『キリストが示された模範』をもう一つ。
万人の罪の許しのために、


以前に、キリストは、
ご自分の『仕える者の愛』 について話されました。
『わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』
ヨハネ福音書 15章12&13節
そして、キリストは、
『仕える者の愛の模範』を、ご自分の身をもって、示されました。
『イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、
「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。』
ヨハネ福音書 19章28&30節
キリストは、ご自分の言われたとおりに、
『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』 と。
『愛の模範』 を、ご自分の身をもって、示されました。
以上。
正に・・・
人が『仕える者』に成長するまでに、教え導くことが出来る 『教師はキリスト一人だけ』 です。
更に・・・
キリストはおっしゃいました。
『わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。』ヨハネ福音書 15章14節
教師と生徒が、師弟関係ではなく、『友』 になるチャンスがある。 とキリストは言われるのです。
とても難しいことです。
皆様!
『キリストの模範』を見つめながら、キリストに力を頂きながら・・・
『仕える者』となれるように、『キリストの友』となれるように、ご一緒に頑張りましょう!
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
素敵な週末をお過ごし下さい。 私は明日からは旅先からお目にかかります。 ごきげんよう!
*************

今日23日のラン距離:12km
ランニング途中の公園の入り口。
『真っ黒にオレンジ色の線が一本の美しい小鳥』が、羽を最大限に広げて、死んでいた。
暑さの中・・・暑さ負けだろうか? 食物を探せなかったのだろうか? それとも 老衰?
私は、棒切れを2本探して、小鳥を挟んで、林の木の根元に置いた。
小鳥にも人にも寿命がある。 命ある間・・・家族や仲間と幸せであったことを祈りました。
8月の走行距離合計:89,5km