新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

国会議員と選挙民の質

2008-03-15 13:52:35 | 200803

14日は雨模様でもあり何処にも出向かず、畏れ多くも退屈しのぎに参議院の予算委員会の審議の中継を見ていた。お陰様で退屈せずに午後が過ぎていった。<o:p></o:p>


ある意味で見直したのが社民党の福島瑞穂議員だった。この人は各局の番組に「所変われど主変わらず」で、出ずっぱりである。その印象では、他人の話に割って入り余計な雑音を入れる煩いだけの人-という印象しかなかった。<o:p></o:p>


ところが、昨日の質問はなかなか豊富な資料に基づいて、年金問題と雇用問題で聞かせる質問をしていた。見直した。特に、方々の会社で正規雇用の社員を減らして、派遣・パート・タイム・アルバイト等に高い比率で依存していることを衝き、ネットカフェ難民が増えていうような労働行政の不備と、大手企業の人件費減らしの経営方針を批判して見せた。もっとも、この問題は他の議員も取り上げたいたかも知れない、広く知れ渡ったことであると思うが。<o:p></o:p>


これに対応した舛添厚労相の答弁の内容が意外に空疎で、官僚の伝声管でしかない感をより一層強めてくれた。福島議員は再三首相の答弁を要求していたが、鴻池委員長が知らぬ顔で舛添大臣を指名したのも印象的だった。思うに、委員長は首相が大した内容があることは言わないと承知しているのであろうと、勝手に推理していた。<o:p></o:p>


良いことばかりではない。その一は福島議員が躊躇うことなく「こういうことが報道されていますが」と振ってから質問に入っていったことである。こういう掴みで入っていくのは何も彼女に限ったことではない。中には他の議員が週刊誌の名前にまで言及した例を知っている。だが、福島議員は苟も一党の党首である。調査能力不足を疑いたくなる。<o:p></o:p>


こういう不見識な議員が多いのは誠に遺憾である。国費で国民に代わって国勢を司る身が、マスコミの報道を拠り所にしてどうする。自分で心行くまで調査してこい。中には民主党の長妻代議士のように調査能力を発揮している人もいることを忘れてはなるまいが。私の持論は「こういう不埒な議員を選んだのは、我々国民の責任に帰すべきこと」である。民度の問題である。<o:p></o:p>


その二に行こう。何も国会中継を見なくとも解ることだが、各大臣の不勉強という前に質の低さが余りにもあからさまに出てくることである。特にあの冬柴という人は酷すぎる。この期に至っても官僚の代弁、と敢えて言うが、ばかりして、自分の言葉では何も言えないことを完璧に露呈していた。もっとも、あの人を最初に選んだのは安倍前首相だが。
 その三でも良いのだが、気に入らないことがある。それは野党議員に良くあることだが、政府・与党に何かつけいる隙を見付けると、居丈高に詰問することである。失礼な態度であると思う。昨日は共産党の小池議員がそうだった。同じ共産党ならば、衆議院の佐々木憲昭氏の方が同じ糾弾調でも、穏やかで未だましだ。


政治家が小粒になったと渡部亮次郎氏が指摘されたが、あれでは粒の大小を通り越して、それと同時に資質の低下を問題にしたい。その上に立っているのか、横に座っているのか不明だが、福田首相の答弁も「ひらり」と逃げるところは自分の言葉だが、後は誰かの手になる原稿を読んでいるとしか聞こえない。<o:p></o:p>


今更このような一文を発表するまでもないかも知れないが、あのような手合いを選んだ地方の方は国会中継を真剣に見て、自分たちが選んだ先生方の遣り取りを聞いて、反省して貰いたいものだ。結局は貴方たちの問題になって帰ってくるのだから。



新宿無法地帯

2008-03-15 08:06:23 | 200803

 近頃各方面でしきりに自転車が問題にされます。ここから見える新大久保駅近くの区営の駐車場が、いつの間にか放置自転車の収容所に変わって久しいものがあります。自動車の持ち主たちからは良い場所に安くおける駐車場が無くなったと非難されていました。

 ここでは駅周辺から回収されてきた放置自転車は、当初はかなりの高率で即引き取られていました。だが、昨年半ば頃からは収容された台数は増える一方です。もうスペースも残っていません。罰金を払うのを回避して新車を買うのでしょうか?<st1:msnctyst w:st="on" addresslist="13:東京都新宿区;" address="新宿区">新宿区</st1:msnctyst>民はそんなに裕福なのでしょうか?それとも、皆放置されていたのでつい乗ってしまってまた放置したもの?

 この辺りのことですから、我々を少数民族に追い込んだ外国人所有のものが多いと推理します。何分にも自国を嫌うか、売って逃げてきた人たちです。他の面でも順法精神は無いも同様です。
 
 大久保通りの歩道ではチリンチリンと鳴らしさえすればどんなにスピードを上げて歩道を走っても良いと思っている人が多く恐怖です。勿論、携帯電話片手に-も多く見受けます。傘だって差して走ります。歩行禁煙で監視役が沢山巡回していても何処吹く風です。だが、遺憾ながらそれが同胞か外国人かの見分けが容易ではないのが、この地域の特徴です。


最近笑えたことがあります。それは「この付近にはひったくりが多いからご用心」という立て看板がハングルだけで書いてあったのです。一体誰に向かっていっているのでしょう?

 こういう事態を解決して貰いたければ、誰に訴えるべきでしょうか?頼りにしたい石原都知事は新銀行問題で手一杯だろうし、総理大臣はもうこれ以上の問題を抱えたくないでしょう。もっとも、いくら沢山抱えても「ウフフ」と、得意の含み笑いで済まされそうですが。<o:p></o:p>



日米企業社会における文化の違い#15

2008-03-15 06:53:24 | 200803

承前、<o:p></o:p>



俗に知日派だの親日家など気安く外国人にレーベルを貼る傾向があるが、私が見る限りそのような名に値する人は少ない。外国の文化を知ろうと思えば、自分が何者かを見付けることが先である。<o:p></o:p>


 その数少ない知日派のアメリカ人が言った「日本人は感情的=emotionalなのではなくて寧ろロマンテイック=romanticなのではないか」と。だが、圧倒的多数の外国人、それもアメリカ人は「感情的に流れやすい」と言う。因みに、彼の奥方は日本人で、日本語もある程度こなしている。


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15)これだけは心得ておこう:<o:p></o:p>


同じ「会社」だと思わないこと:<o:p></o:p>



日本とアメリカは異なる資本主義を信奉する国である:
 私は長い間「日本は資本主義の名の下に社会主義の理想を実現している国であると信じてきた。アメリカは異なる資本主義を信奉する国である」と主張してきた。19947月にNHKと読売新聞が主催したシンポジュームでアメリカのTRW社長ジョセフ・ゴーマン氏(当時)はこれを「二つの資本主義が存在する」と表現したくらいであるから、日米ともに広義での共通認識であると思う。<o:p></o:p>


 しかるが故に、アメリカの会社を同じ会社だとは思わないでつき合うべきであると主張する。その根拠はここまでで十分に述べてきた。<o:p></o:p>


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「言外の意味」を察してくれない相手である:
 これは簡単な理屈で彼らは「二進法」でしか物を考えないのだから、何かをほのめかすことが通用しないのである。ましてや、こちらが言わないことは相手に聞こえないのだから、勝手に解釈する、相手の心の中を読む、ないしは推理して結論を導き出すような真似はしない人たちなのである。
 換言すれば「腹芸」は通用しないのである。「有無相通ずる」ことはないのである。我々日本人同士の対話とは根本的に違う。だが、そう思っていても、かく申すこの私でも、ついその点を忘れて話し合っていることが多い。<o:p></o:p>


俗っぽく言えば「後難を怖れずにズバリと言うこと」が対外交渉には肝心である。但し、断言する場合には、こちらの言い分が通らなかった場合も想定して、次善の案を持って臨むことである。彼らは常に”Contingency plan”と呼ぶ代替案も準備している。「当たって砕けろ」はお止め願いたい。<o:p></o:p>


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自分の主張は堂々とすること:
 これは上記の項目とほぼ同じことだ。だが、敢えてここに採り上げたのには理由がある。日本側は何か相手に遠慮しておられる感があり、真っ向から反対論を述べて戦うような姿勢を取らない場合が多い。そういう考え方は解るが、彼らを相手にした場合は明らかに損である。何しろ相手は「これを言うことで失うものはない」と主張するのが常識で、論争や対立を怖れていないし、そうすることが当然であると教育されている。それに激論を交わしても感情的にならないという、我が国にはない特性を備えている。注意せねばならないことは「如何なる場合でも感情的にならないこと」である。<o:p></o:p>


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結び:
 この項での結論は「アメリカの会社とはこのような言語・風俗・習慣が異なる人たちの集団であると知って取り組んで貰いたいものだ」である。<o:p></o:p>


 彼らはこちらが黙っていれば相手は認めたと勝手に思うのである。”No comment.”等と迂闊に言うと、相手は”Yes.”と言ったと解釈する。何度でも言うが、日本独特の奥床しさと相手に対する気配りは感謝されないのだ。自己主張しよう、議論を戦わそう。何しろ、相手は狩猟民族であることは忘れずに。<o:p></o:p>


続く)<o:p></o:p>