少し堅い話を続けたので、方向を転換してみる。アメリカの食の名店である。アメリカにだって美味い店はある。
今日これまでに訪れたことがあるレストランや食堂で深く印象に残ったところを取り上げて紹介し、そこから見たアメリカを語っていこう。順序不同である。
(1)美味い店:当方の評価では三つ星級を取り上げる。アメリカにもこんなに「美味い店」があるということ。
先ずはサン・フランシスコにあるフランス料理の“Masa’s”から。迷わず★★★と評価する。Masaとは1984年に亡くなった日本人シェフ“マサタカ”に因んだものである由。創業は1983年とあるからそう古くはない。これまでに東京の所謂「フレンチの名店」には数多く行っているが、このMasa’sはその味では日本の名店と並ぶ最高の部類というか、むしろ優れていると言いたいほどだった。1990年に初めてアメリカを訪れた家内も一緒だった。ご案内下さった商社の支店長が「2~3ヶ月前から予約で一杯な上、予約した日が迫るとレストランの方から本当に来るか否かを再確認の電話が来る」と聞かされても、半信半疑で出かけたものだった。
私は日頃から味音痴と家族から厳しく評価されているが、デザートに至るまで全てがその私でさえ唸るほど美味だった。亭主とは異なり味には厳しい家内でさえも絶賛するほどだった。日本にもこれほど美味いところはあるまいと思った。それまでに経験した中でも最高級と評価している。
Masa’sが如何に優れているかを立証するために、サン・フランシスコに駐在するある邦船の営業マンの言葉を借りよう。それは3度目にMasa’sを訪れた後のことだった。彼は「今回のようにノショート・ノーティスで来訪された前田さんなのに、予約を取ってしまう商社の力に敬意を表したいです。我が社は最初からMasa’sは諦めて和食を予約しておきました」と言ったのだった。
味に敏感ではないとさげすまれることが多いアメリカ人だが、ここを高く評価しているということは、彼らも「解っている」のであると思う。場所は市の中心街からやや離れたBush StreetのExecutive Hotelの1階である。因みに、アメリカではこれほどの名店でも日本並みの値段ではないので、ご安心あれ。お勧めしたい。
次もサン・フランシスコで、そんな料理があるのかと言われそうな「カリフォルニア料理」の名店と言っても良いだろう“Farallon”を取り上げたい。ここには2000年に訪れた。ご案内頂いた別の商社マンに「あまりの人気で、予約時間までに正確に行かないと自動的にキャンセルされる」と聞かされていた。店内の雰囲気も高級感漂う1997年創業のレストランである。「なるほど」と思わせる味だった。「カリフォルニア料理とはそも何物ぞ」と言われそうだが、説明は簡単のようで難しい。大体からして「アメリカ料理」を定義せよと言われても困るからだ。言うなれば、メキシコ料理風のフレンチ/イタリアン風の料理とでも言えばよいだろうか。
より解りやすく説明するならば、このエピソードが良いだろう。今やアメリカ全土にヒスパニックと総称される南米系の人口が急増し、メキシコに近い西海岸のみならず東部にも溢れている。そして彼らは料理人等のサービス業の仕事に従事しているものが多い。Farallonも例外たり得ず、厨房にはスペイン語が飛び交っているそうだ。スペイン語でなければ仕事が捗らないほどだと聞く。ところがある日、#1のアメリカ人シェフがオウナーに昇給かしからずんば退職をと迫ったそうだ。慌てて理由を訊くと「私はスペイン語の通訳をする分の給与を貰っていない。今後もシェフ兼通訳をせよと言われるならば応分の昇給を望む。認められなければ通訳の負担がない店からの高給の誘いを受け入れる」だったそうだ。
地元の新聞にFarallonのメキシコ風味付けの由来について面白い記事を発見したので紹介しよう。ここの賄い料理は圧倒的多数のヒスパニック料理人の好みに合わせてメキシコ風だったそうだ。それをある日、オウナーも味わう機会があったそうだ。そして普通の料理をメキシコ風に味付けしたものが想像以上に美味だったので、賄い料理の何点かに少し手を加えて、メニューに載せたのだそうだ。それが意外に大当たりで、大変な人気となったというものであった。
それがさらなる人気上昇の要因で、予約時刻に遅刻を認めないと言うところまで発展したのだから、昇給するのは#1シェフではなくヒスパニックの人たちかも知れない。その昇給のせいかどうかは知らぬが、ここはやや値段が高めで、1人当たり100?近くに達することもあるとか。場所は交通至便なPost Streetで、かの有名なユニオン・スクェヤーのすぐ近くである。評価は★★★。
次は少し北上してシアトルの#1との評価を得ている”Canlis”を紹介しよう。いきなり採点すると★★である。シアトル郊外と言いたいLake Unionの近く、Aurora Avenue沿いである。良くあることで散々道に迷って乗り付けると、Valet parkingでドギマギする日本からのお客様が多い気がする。このシステムは車を降りるや否や寄ってくる駐車係に鍵を預けて駐車するもので、そこで先ずティップを払わねばならず、帰りには玄関まで車を運んで貰いまたティップと、我が国では余り一般的ではない方式に有料高級感が味わえる。小銭(と言っても1ドル札)を数枚ご用意あれ。
木造の何とも言えない味わいがある建物で、暖炉に燃える薪に懐かしさを感じたら貴方も高齢者か、アメリカの太平洋西北部の暮らしに馴染んだ方である。
Lake Unionを眺められる部屋は最上階で予約が必要な広い個室で、そこにはグランドピアノも備え付けてある。このユニオン湖の沿岸はシアトル地区最高の住宅地で、かのビル・ゲーツ氏も5万坪の土地に豪邸を建ててお住まいである。
さて、Canlisの味だが、景観料を込めても二つ星としたものの、アメリカのレストランとしたら非常に美味と言っていいだろう。
値段だが、メニューを検討して日本の高級店と比較すれば「安いな」と感じることは間違いない。
(2)海鮮料理:さて、我が愛するアメリか西北部の海鮮料理(=Seafood)をご紹介しよう。これぞ「素材とその味の良さを100%活かした、調理の技術をさほど要求しない美味である。その中でもPuget Soundという太平洋沿岸の入り江に面した”The Lobster Shop”の味は何度行っても楽しかった。楽しいとは言うが、かなり美味である、我が国の伊勢エビなどから想像もつかない大きさと素材の良さを活かしている贅沢な食べ物である。日本であれば何から何までで1人当たり何万円も取られそうなロブスター(Lobster tail)が、大きさにもよるが数千円で十分に味わえる。運が良ければ、内海に沈む素晴らしい夕日をも鑑賞できる。
場所はシアトル市内ではなく、市内から1時間近くも国道5号線をひた走ってDash Pointというところまで行かねばならない。それだけの価値は十分にある。それが車社会の不便なようで便利な点である。この店から5号線に戻る辺りで飲酒運転を取り締まったらどうなるかなどとは考えないのが、アメリカ人のおおらかなところだろうと何時も思っていた。評価は★★以上ではない。
(3)肉料理:さて、ここでは「アメリカでは何事でもスケールが大きい」を痛切に感じさせてくれるSteakhouseを取り上げたい。またサン・フランシスコに戻るが、市内ではない。”Jonesy’s”はカリフォルニア州のNapa Valleyの空港内にある。所謂ローカル空港である
我が国では一般的にアメリカのステーキに対する評価が低いが、ここは一寸違う。石焼きステーキで味もまーまーである。それに使っている石には”Sacramento rock”というカリフォルニア州の首都の由緒正しき名前が付いている。「石」も予測とは異なり”stone”ではなく”rock”である。何しろかのNapa Valleyであるからワインも美味いそうだ。酒類を嗜まない私には解らないのが残念だ。ステーキの値段だって高くない。
「何だ、その説明では何の変哲もないステーキ屋ではないか」と思われるだろう。かく申す私も帰路につくまでそう感じていた。何でこんな辺鄙なところまで連れてこられたかと不思議に思った。大体からしてNapa Valleyというが、広い広い平野で何処まで行っても山も丘も見えないのだ。いくら四方八方見渡してもValleyは見えない。案内してくれたのはサン・フランシスコの営業所長夫妻で、ナパ・ヴァレーの別荘の掃除に遙かサン・フランシスコの郊外のLarkspurから行くのにつき合わされたとばかり思っていた。
それがとんだ誤解且つ認識不足と解ったのは空港の横を走っている時だった。空港にはひっきりなしに小型機が離発着している。余談だが、あの種の飛行機を「セスナ」と呼ぶのが一般的だが、それは間違いである。”Cessna”とは軽飛行機のメーカーの会社名であり商標である。それが何時の間にやら小型機の代名詞となっているのが真相である。その発着振りを所長さんが解説して曰く「あれはこのステーキ屋が大人気であることを示しており、一度来た客がやみつきとなり、遠くから自家用機で飛んでくるのだ」と。これには本当に驚いた。自家用機を持っている人はアメリカではそれほど珍しいことではない。ユニオン湖の周辺に住む富豪達の中には水上飛行機を繋留している人が沢山いるほどだ。
それにしてもステーキを食べるために航空燃料を消費して飛来するとは、流石にアメリカではやることの規模が大きいと感心しながらLarkspurまで帰っていった。評価はスケールの大きさを加えて★★。創業は1949年とやや古い。
(4)アメリカ人は食べることに貪欲:「アメリカ人は誠に気が長い」と感嘆した料理を紹介しよう。それはそそっかしい人が「イタリアにもピザがあるのか」と言うかも知れないと危惧する”Pizza pie”である。イタリアのピザと何処が違うのかという講釈はさておき、私はアメリカのピッツァ・パイの大ファンである。
シアトルには西海岸で長年人気投票の#1を続けたという超人気店、”North Lake Tavern and Pizza House”という長い名前の名店がある。シアトル市の北の外れ、ワシントン大学(=University of Washington、州立である)の近くで、これまたLakeというからにはLake Unionの湖畔に位置する。
1970年代後半のことだった。当時の本社の同僚2人に「名店でアメリカのピザを味合わせてやる」とばかりに案内された。到着して驚いた、その行列の長さに。案内役は平然と店内に入り待ち時間を問い合わせて帰ってきて「今日はラッキーで、たった1時間半待ち」と告げた。「冗談じゃない。たかがピザにそんなに待てるか」と反論したが、彼らはここでそれくらいの待ち時間で済むのは上出来だ」と頑として譲らない。列の前を見れば、彼らは楽しそうに語り合い美味いものが食べられる期待感に興奮しているようにすら見えた。今や我が国ではラーメン店に長い行列が出来る時代になったが、あの程度の長さではない。それでも、彼らは何事もないかの如くにおしゃべりをしながら待つのだ。実に気が長いのか、我々が短気なのか知らないが、誰一人として文句は言わない。
味のことを言うのを忘れていた。ピザとしては三つ星でよいが、待ち時間の短さで(?)★★1/2である。一緒にピッチャーのビールを注文するのも良い。
ピザをもう一軒。これはシカゴ市内の超人気店、Ohio Streetにある”Uno”。イタリア語の「一」である。ここは凄い。連れて行ってくれた当時の上司は隣町まで並んでいるかと思う行列を意に介さず地下の店内に侵入してきたが、平然として「最悪3時間待ちとなると言うから、店内のバーに場所を取ってきたから、そこで飲みながら待とう」と一行を地下に連れて行った。順番が来たら(そんなものが今夜中に来るのかと不安だったが)どうするかと尋ねれば、案内係にティップをはずんであるから迎えに来ると平然としていた。中西部の人たちは西海岸よりもずっと気が長いと感心するだけだった。
Unoはいわば鉄板焼き風ピザで、縁がついた深くて大きな鉄鍋にチーズたっぷりのピザが出てくる。果たして3時間待ったのか、ティップの効果があり早く食べられたかどうかは記憶がないが、味は言うことがなかった。待つだけの価値は十分だった。ここの評価はシアトルを超える待ち時間に敬意を表して★★★である。長い間待つことを厭わないアメリカ人は美味いものを食べることに貪欲なのだろうか?
(5)中華料理:中華も語らねば片手落ちだろう。アメリカにも何処に行っても「中華街」(=China Town)があり、サン・フランシスコが最大と聞いている。だが、ここでは”International District”と称しているシアトルの中華街の名店”Sea Garden”を語りたい。矢張り中華料理は国際的かと妙に説得力がある地名だ。
味に自信がある店に良くある「クレデイット・カードお断りで、予約受け付けず」方式である。店構えはお世辞にも綺麗とは言えない。兎に角多少の現金を持って出かけて、駐車場を見つけて駆けつけて、予約表に責任者の名前と人数を記入して待つことだ。
Sea Gardenの凄いところは何を食べても美味くて、驚くほど安いことだ。かのフカヒレなどはこんなに大きな器でこんなに沢山出てきて、しかもこんなに美味くては、一体いくら取られるかと不安になるくらいだ。味も値段も中国本土並みとまでは行かないが、日本の中華街ではあの値段であの味は食べられないと信じている。それでも★★1/2である。
(6)日本料理:最後に西海岸の人気投票#1の日本食料理人シローさんを紹介して終わりにしよう。西海岸と言うからには場所はシアトルである。1975年以来通っていた。それでも「シローさん」が「カシバ・シロー」という名前であるとは知っていても漢字は知らない。シアトルには日本料理店は数多くあるが、彼ほど人気がある板前はいない。
我がW社では日本からの団体のお客様をシローさんの出張サービス(catering service)でおもてなししたものだった。何もアメリカまで来て第1日目から和食もないではないかと思う場合もあったが、その新鮮なネタの寿司や野外バーベキューなどは出色である。特に私の好みはシローさん式の「イクラの醤油漬け」で、魚の卵を食べないアメリカでは高い食材ではないので、お値段を気にせずに心ゆくまで食べられるのが気に入っていた。因みに、アメリカでは鮪が捕れないので、これだけは期待できないのだ。
シローさんには嘗ては“日光”(=Nikko)という自前の店を持っていたが、無店舗の時期もあった。だが、今では”Shiro’s”をシアトル市内の”Westlake”に出している。ここも予約時刻に行かないとキャンセルされる危険性が高い人気店である。07年9月に訪れた際の感覚で言えば、お好みで一人当たり5~6千円の予算で何とかなるだろう。店内には「日本人もいる」程度に地元民に愛されている。彼らはシローさんの独特の英語を駆使したジョークを楽しみに来ていると言える。同胞に敬意を表して★★★を捧げよう。