スーツに革靴は???:
昨日取り上げた「初めてアメリカに渡ったときの経験」の続編である。あの時は今ほど暑くなかったと思うが、「一張羅」のスーツに身を固めていたのだった。今時「一張羅」などといって解って頂けるかどうか不安だが、使ってみた次第。兎に角、初めて渡るアメリカだし、紙パルプ産業界の大手の会社に行くのだから恥ずかしくないような正装でなければならないと思っていた。
ところが、初めてジョージア州アトランタにあるMeadのパッケージング部門の紙器工場に行ってみて「???」となった。それは事務所でも現場でも誰一人として、氏名を刺繍してあるか、名札をつけた制服か作業服を着ていなかったからだ。特に現場の作業員たちは皆普段着(現在では「私服」というよだが)姿でバラバラなのだ。そう言えば事務所でもカジュアル(正しくは「キャジュアル」だが)な服装で、スーツなんて着ている人は見かけなかった。
それはMeadの大規模な製紙工場でも同じ事だった。その後でアラバマ州フェニックスの工場にもスーツ姿で訪れていた。誰も何も言わないので意識しなかったが、そこでも何故自分一人が何か浮いている感じがするのかと戸惑っていた。そして、あの大草原の中の掘っ立て小屋に正装のスーツで行ったのだった、普段着のSmithy他1名と。考えてみても頂きたい、大草原の中の掘っ立て小屋のまた屋外で、スーツ姿でハンバーガーを食べている場違いの様を。
そうなのである、アメリカの製造業では現場には制服などないし、事務所でも作業着のジャンパーなどは会社から支給されないのだ。Meadではそこまで気が付かなかったが、ウエアーハウザーに移って解ったことは、製紙工場の現場にいる組合員の社員食堂もなかったし、シャワールームもロッカールームもないという事に。後に解ったことで、会社と工場は別な存在である以上、会社が組合員に制服は支給しないのである。
1980年代に十條製紙(当時)の若手の技術者を2人ワシントン州の工場に案内したときのことを振り返ってみよう。勿論、2人ともスーツ着用でピカピカに磨き上げた革靴だった。お察しの通り、何処に行っても違和感を覚えておられたそうだ。さらに「気が付いたのですが、ここでは誰も革靴を履いていないのだった」と。私は既に学習してあったので、セーターでスニーカーだった。
そこで、お二方をホテルから歩いて行ける距離にあったショッピングモールに連れて行って、Nikeだったかのスニーカーを買うお手伝いをしたのだった。2人とも「この方が楽だ」と感動していたのも印象的だった。このように、アメリカという国では会社組織内でも服装は各人の好みに委ねられているのだった。色々と違いがあるが、その一つを取り上げておくと「彼らは先ず柄物は着ないで、無地の派手な色を好む」という事。これも「異文化」のうちに入るだろう。