新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

6月15日 その2 解散風に思うこと

2023-06-15 07:42:09 | コラム
ウンザリである:

例によってテレビの新橋駅前の街頭インタビューで、70歳代と表記された方が「議員たちの内輪の出来事に過ぎない。現在のように早急の解決されるべき案件というか議案を抱えているにも拘わらず、かかる低次元のことに感けているとは不届きでウンザリだ」と切って捨てられた。誠に同感だった。岸田総理・総裁に猛反省を求めたくなる。

飯島勲氏は「何らの専門知識も経験もない議員を大臣に据えるのは・・・」と指摘しておられた。これまた同感である。1990年代初期に語り合う機会があった某中央官庁の若き課長補佐は「我々が国を動かしているのです」と言って「国会での大臣の答弁の原稿を作成していることを」を形容していた。彼の父親からは会期中は毎晩2時や3時にタクシーで帰宅して翌朝の6時には起きて出勤していると、ご子息の健康が不安になると聞いた。

これだから、重要法案と焦眉の急の問題を抱えていながら「解散がどうの」と騒ぎ立てているのではないかと思った。要するに「落選して、ただの人になりたくない者たち」の集団が国会議員なのだ。だが、そこには彼らを選んでしまった有権者の重い責任があることを忘れてはならない。この点も重大な問題だと何時も考えている。


カタカナ語排斥論者は

2023-06-15 07:13:41 | コラム
恥じ入って反省している:

一昨日だったか、何処の局かも覚えていないコメディとも言いたい番組を見て、非常に驚いて自らの浅学非才を大反省させられた。その番組では女子バレーボールの日本代表選手たちを集めて「バレーボール」を“英語で表記をさせていた。ところが、何人かが”volley ball“と書けただけだった。そこで、司会者が黒板に”volley”と書いて、それがテニスの「ボレー」でありサッカーの「ボレーキック」と同じなのだと説明した。

要点は“volley”が「バレーボール」となっているのに対して、テニスとサッカーでは「ボレー」とカタカナ表記されているとの説明。この違いを「知らなかった」というか考えてみたこともなかったことを大いに反省し、一人で恥じ入っていた。慌てて英和と英・英の辞書を見て“volley”はキングズイングリッシュでは「ヴァリ」でアメリカでは「ヴァーリ」であると確認した。

こんな簡単なことに注意していなかったとはという反省である。要するにアルファベットの“o”のカタカナ表記の問題だった。カタカナ表記では殆どの場合にローマ字式に「オ」としているが、英語の場合には「ア」に非常に近い発音になっていることが多いのだ。現に“soccer”は「サッカー」が普及しているが、嘗ては「ソッカー部」と称していた大学があった。

先日取り上げた「クライアント」と「クライエント」の違いにも驚かされたが、この“volley”も、競技が違うと異なったカタカナ表記になっていることに驚かされたのだ。誰がどうしてこのような異なる表記にしたのかと奇異に感じていた。思えば、英語でのテニスとヴァリボールの中継を聞いたことがなかったので、2種類のカタカナ表記があることに気が付かなかったのかと、ここでは少しだけ言い訳がしたかった。