新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

6月14日 その2 眠れぬままに

2023-06-14 15:19:20 | コラム
巻き爪のために思い出に耽っていた:

昨13日の夜は、1週間前にかかりつけのクリニックで処置して頂いていた巻き爪がまた痛み出して眠れぬままに、海外で起きた思いがけない出来事を思い出していた。それが一つ出てくると後から後から「あんなこと」や「こんなこと」が思い出されるので、余計に眠れなくなった。間抜けなことに1週間経てば爪が伸びて再び食い込んだのを知らなかった。そこで、それらの思い出話をいくつか披露してみようと思うに至った次第。

Wifeは美容院に着付けに:
87年のことだった。洋紙部が日本に進出しようという大プロジェクトの手伝いをしているときだった。洋紙の本部はワシントン州の本社ではなくペンスルベイニア州のPlymouth Meetingという東海岸に置かれていた。その輸出担当者のウイリアムソンさんが「是非一度本部によって幹部に会って欲しい」と言われたので、その年にシカゴで開催されたFood & Dairy Expoに参加した後で本部に行ってみた。

行ってみて「凄いな」と驚かされたことに、この本部では出張者用にホテル形式のアパートを借り切ってあり、そこに泊まってくれと言われたのだった。ウイリアムソンさんからは「当日は町一番のフランス料理店をワイフ同伴で8時の予約をしてあるから、仕事が終わった後は宿泊所に迎えに行く」と聞かされていた。「えっつ。8時から」とは思ったが、Meadの頃に経験した東海岸の格式を思い出して、Poloのネイビーのダブルブレストのジャケットに濃鼠色のズボンという姿で待っていた。

ウイリアムソンさんが迎えに来たのは7時半頃だっただろうか、先ずは自宅に寄ってくれと言う。だが、肝心の奥方は不在だった。聞けば美容院に行っているとのことで、少し「???」だった。ところが帰館した奥方は長い裾を引いたドレスに素晴らしいヘヤースタイル(余計な講釈をすれば女性の場合はhair doという)で度肝を抜かれた。なんと正式な晩餐会だったのだ。着替えてありシャワーも浴びてあって良かったと思った。

そこでレストランであるが、8時少し前に到着すると先ずはバーで軽くカクテルでも飲んで語り合おうという順番になっていた。全てが格調高かった。やがてウエイターが厳かに“Your table is ready.”と呼びに来て、初めて着席できるのだった。Meadの頃にもこういう経験がなかった。その席は赤々と燃える暖炉の前という最上の場所だった。

だが、不幸にも一寸暑すぎるということで、次の位のテーブルに移った。36年も前のことで流石に記憶力を誇る当方でも何を食べたか記憶はないが、食べ終わった後は再びバーに行って仕上げのカクテルを楽しむという段取り。大変な正式の歓待だったのだ。87年ではアメリカの会社勤務も15年目になってはいたが、感動もしたし緊張もしてやや疲れ気味の一夜だった。

ウエアーハウザーは西海岸の会社なので、Meadほど格式張っていないと思っていたが、洋紙部はそれ以上の格調の高さがあり、アメリカでも東西ではこれほど違うのかと大いに勉強になった。因みに、Meadのパルプ部の副社長は日本に出張してくる際には、タキシードとエナメルの靴を持ってきて、夕食の席にはその出で立ちで現れていた。ウエアーハウザーの我らの副社長は夕食前に時間を取ってシャワーは浴びていたが、タキシードを持ってきたことはなかった。

このような格調高き夕食会は22年に及んだアメリカの会社勤務の間でもこれ一度きりだったので、未だに鮮明に覚えている。なお、プリマスミイーテイングは1963年11月19日にこの州のゲテイスバーグで行われた国立戦没者墓地の奉献式でAbraham Lincolnが行った「ゲテイスバーグ・アドレス」(=Gettysburg Address)で有名なところの直ぐ近く。ここにも案内されたが、何故か何の記憶も残っていないのだ。最後に余計なことかも知れないがAbrahamは「アブラハム」ではなくて「エイブラハム」というのが本当の発音。


ジャイアンツが3位にのし上がった

2023-06-14 08:38:42 | コラム
ジャイアンツの強さ「端倪すべからず」:

昨13日の夜は「何故、テレビ局はジャイアンツの試合しか中継放映しないのか」と思いつつ、気が向くままにライオンズとの対戦を覗いていた。ジャイアンツのファンではないのだが、他にこれと言って見たい番組もなかったので仕方がなかった。

だが、痛感したことは「ここから先のジャイアンツはひょっとするとひょっとするかも知れない」と思わせられたほど、強力になっていた。一方のライオンズはアナウンサーの指摘していたことでリーグ最低の勝ち数とティーム打率等々悪い材料ばかりで、気の毒になるほど弱体化していた。そうなってしまった主たる原因は森友哉がFAでバッファローズに移り、山川穂高が書類送致となった一件で登録抹消、中村剛也が欠場しているからだろう。

ジャイアンツは「そう言えば一寸投げただけでローテーションから外された」と記憶していたメンデスが投げていて、弱り目に祟り目のライオンズを抑えていた。これでは菅野智之が復帰し、戸郷翔征が順調に勝ち続けている投手力が強化され、岡本和真がホームラン15本でリーグ第1位であり打率も0.320と好調なのに加えて、打率が低かった丸佳浩がホームランを多発し、若手の秋広優人が成長し、坂本勇人も復調しているので、昨日までで31勝と貯金もできていた。

それだけではない。左打者にしか効き目がないと見られていた高梨雄平は、昨夜の出来では右打者にも充分威力を発揮する投手であると立証していた。あの調子ならば1回か2回くらいならば抑えきってみせる有力な中継ぎ投手として使われるだろうと思わせていた。そこに中川皓太が復帰し、山崎伊織と横川凱が使えるまでに伸びてきている様子なので、投手陣も万全の態勢になりそうだと見た。

即ち、当方が批判的に見ていた原監督が目指していたかも知れない世代交代が期待通りに進んだことに加えて、排除されそうだった古手も危機を感じて奮起したのではないかと疑わせられた。換言すれば「本来はあれくらい強くても不思議ではないほど揃えてあった人材が、漸く機能し始めたのではないのか」なのだ。これでは相変わらずエラーが多いタイガースや、雑な打者が多く所謂「ティームプレー」ができていないDeNAはうかうかしてはいられないだろうと思う。

昨夜、私の目には特に印象的だったことが6回のライオンズの攻撃の時に起きていた。それは好投していたメンデスが代打の金子に四球を与え、WBCから復帰した源田壮亮が2塁打で無死2・3塁の好機を作ったときだった。「閃き」ではライオンズは1点も取れないと来ていたところに、続く鈴木將平がピッチャーゴロで走者動けなかった。この有様では3番の外崎修汰が四球で満塁、4番のマキノンがゴロを打ってダブルプレーで終わりと読んだ。

それが何とその通りになってメンデスはときの声を上げてベンチに帰ったのだった。高校の頃に野球部にいた同級生に「原則として1死2・3塁のチャンスには迂闊に四球を取ると、相手の投手にダブルプレーを取れる機会を与えることになる」と聞かされていた通りになったのだった。M LBから来た打者にありがちなことで、功を焦って低目の投球を打ちに行ってまんまとメンデスの術中にハマったとも言えるだろう。それほどライオンが弱っていた証拠だろう。

先ほど新聞のテレビ欄を見たら、今夜も日テレがジャイアンツ対ライオンズを放映すると出ていた。読売ジャイアンツが強くなったのでは気持ち良く中継放映するのだろう。岡田彰布監督も三浦大輔監督も気を引き締めて、慎重に大胆に残る対抗戦の試合に臨む必要があるだろう。