新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカの日本向け輸出が振るわなかった理由(ワケ)

2024-04-20 08:00:40 | コラム
アメリカ経済は基本的に輸出には依存していない:

アメリカは内需依存型の国:
アメリカ経済は内需に依存していて輸出立国ではないのである。だから日本向け輸出が振るわなかったのも、自然な流れであると言える。振るわなかったのは多くの理由があるのだが、今回はその中でも我が国では余り広く語られていない「労働力の質の低さ」を取り上げて論じていこうと思う。

その前に一つ触れておきたい事がある。それは1990年頃にアメリカの会社の中で最大の日本向けの売上高を誇っていたのがボーイング社で、第2位がウエアーハウザーだったという事実。簡単に言えば1位のボーイング社は近代産業の典型的商品である航空機を売り、我が社は一次産品の紙パルプ製品と林産物を輸出していたので、完成品と素材に見事に別れていた事実である。

そのボーイング社製の大型旅客機が最近になって飛行中に窓が吹き飛んでしまう事故を起こして、ヨーロッパのエヤバス社にその地位を奪われかねない事態に追い込まれている。何故、そのような事故を起こす機材を作ってしまったのだろうか。

労働力の質の問題:
ここでは、1994年7月に(未だアメリカの人口が2億6,000万人だった頃)USTRの代表だったカーラ・ヒルズ大使がNHKと読売新聞が共催したパネル・デイスカションで「アメリカの対日輸出が振るわないのには二つの要因がある」と切り出されて、「即ち、アメリカの労働力の質に基本的な問題ある。それは識字率が低い事と初等教育が充実していない事」と指摘された事実を取り上げておきたい。

当時「猛女」とまで言われていた大使はさらに「我々はこれらの問題点は改善すべきだが、買わない日本側にも責任がある」と真っ向から指摘されて、一歩も引かれなかった強面振りを見せていた。なお、同時期にFRBのポール・ヴォルカー議長は上記に加えて“numeracy”(=一桁の足し算・引き算が出来る能力)の向上が必要と認めていた。改善を要する項目は三つもあるという事だ。

あれから24年も経ってアメリカの人口は6,000万人も増えて3億3,000万人を超え、少数民族(minorities)がその大半を占めるのではないかと危惧されているように変化してしまった。この状態では今でも上記3項目の改善はより困難になっているのではないか。私は「そうであれば、労働力の質の改善は容易には達成されていないのではないか」と考えている。

1975年から19年間にウエアーハウザーで対日輸出を担当していた私としては、大使の発言は極めて尤もで「良くお解りではないか」と寧ろ感心していたくらいだった。「そこまでお解りだったのならば、何故、速やかに改善策を講じておられなかったの」との思いで聞いた。そこで、2024年の今日に、改めて大使の発言に補足説明をしておこうと考えた。

職能別労働組合:
 次に指摘したいこと「究極的には我が国とアメリカの文化の違い論」になってしまうのだが「アメリカでは我が国の間には労働組合の在り方が違う」という問題があるのだ。即ち、アメリカの組合は我が国のような企業内労働組合とは全く性質が異なる職能別労組制である事」なのだ。職能別労働組合(craft union)は会社と別個の存在で、その地位は法律で保護されている。

その在り方を紙パルプ産業界に例にとって説明すると「アメリカ全体を支配する上部団体があり、そこから各地のメーカーの工場に組合員を派遣する形を取っていている」のである。我が社のワシントン州の工場にはAWPPW(「西海岸紙パルプ労働者連合」とでも訳そうか)という組合があったと言う具合だ。

何故、ヒルズ大使が識字率の問題を指摘されたのかと言えば、アメリカの工場の現場には組合員たちの教育資料として良く整備されたマニュアルが準備されている。だが、英語が解らないどころか、字を読めないアメリカ人もいるし、英語での教育を受けていない少数民族(minorities)も、英語を殆ど知らない移民たちもいるのだ。即ち、折角のマニュアルも効果が発揮されない場合が多々あるのだ。この事以外にも困った問題がある。それは「読んだ振りをする者もいる点」なのだ。

識字率が低い事や、英語も知らない者がいるのかとお疑いの向きもあるだろうが、これは紛れもない事実だ。私は何度も本部の指示で組合員たちの直が終わった後で会議室に集合して貰い、「君らの仕事の質を改善し改良して、世界の何処の市場に出しても通用するような製品の質の向上に努力して貰いたい。そして職の安全の確保に努めて欲しい。事業部の将来も君らの双肩にかかっていると言っても過言ではない」と説き聞かせていた。この際には参加者全員に超過勤務代を支給していた。

さらに、語りかける際には「これまで君らは良くやってきてくれた。そこでここ一番より一層の製品の品質の改善への努力をして貰いたい」とも語りかけた。その際には、「日本市場は世界の何処の国よりも競争が激しいし、品質については細かい要求をするし、価格にも厳しい事を言われるので、それらの要求に何としても応えないと競争から取り残されてしまう事」を詳細に解説するようにしていた。

私はこのような組合員たちに語りかける機会を与えられていたので、彼等全員が英語を正しく理解できている訳ではないことも認識できるようになった。それは、質疑応答の際に挙手をして質問する者たち全てが正確な英語で話せる訳でもないとの実感を得たからだった。更に品質問題を起こした製品を子細に検討すれば、どうやらマニュアルを読んでいない者がいることくらいは、現場の技術者でもない私にも解るのだった。

 Weyerhaeuserと言えば、当時は(現在では「嘗ては」だが)アメリカの紙パルプ・林産物産業界では世界最大のインターナショナル・ペーパーに次いで第2位の企業であり、世界でもトップ5に入る存在だった。それ程の規模の会社でも、労働組合を上記のような基本的な事から教え、導いていく必要があったのだ。

それも一度や二度語りかけたくらいでは直ちに効果が出てくるような労働組合員たちの質ではなかったのだ。ここまで述べてきた事が「アメリカの労働事情の実態」なのである。念のため再度指摘しておくと、アメリカの労組は我が国の企業内組合ではなく、法律で保護された会社側とは別な組織であり、上記のような職能別労組(craft union)なのである。

異文化の国:
具体的な相違点を言えば「我が国のように新卒で採用された後に、先ず工場勤務を経験してから本社組織に上がっていくようなシステムではない」のである。会社とは中途採用者の世界なのだ。私は労働組合員たちには「我が国のような『会社の為に』のような考え方は一般的ではない」と思っている。また、組合員たちが現場で経験を積んだ後で、会社側に転じていくことは先ずあり得ない世界なのだ。(ごく希に例外はあるが)

 アメリカの労働市場は、かくの如くに我が国とは異なっているし、文化の相違があると認識して貰わないと、その実態は解らないだろうし誤解を生じる危険性もあると思う。現に、トランプ前大統領は実情を認識されていなかったようである。ご存じであれば、我が国に自動車の輸出が過剰だという類いの謂れなき非難攻撃をしなかっただろうと思う。

トランプ氏は労働者階級の支持に大きく依存しておられたので、自動車の分野のUAWという強力な組合組織に配慮したことを言われたのだろうと解釈している。だが、この組織の労働力の質に問題があったので、アメリカ自動車産業界が国際市場での競争力を失う一つの原因になったのだと認識しておいて誤りではないと思う。

ここまでで、アメリカの我が国に向けの輸出が不振だったことの大きな原因の一つに「労働力の質の問題」があったことを理解して頂ければ幸甚である。勿論、この問題以外にも「アメリカの経済がロッキー山脈で西と東の経済圏に分けられていて、東側への依存度が70%であるという要素もある。基本的な事は「アメリカという国は経済面では70%も内需に依存していて、輸出には依存していないというか、輸出国ではない」という点なのだ。