8月3日 編集手帳
小学生の頃に書いた習字だという。
〈不自由を常と思へば不足なし〉。
朱筆で「優」と、
先生の評価が添えてある。
北海道小樽市の「石原裕次郎記念館」で、
ご覧になった方も多かろう。
10歳で終戦を迎え、
物不足の辛抱を半紙に綴(つづ)った少年がやがて、
伸びやかな四肢で高度成長を体現していく。
並ぶ者なき人気はもちろんのこと、
人生が時代の振幅に重なる意味でも、
昭和を代表する映画ス ターである。
記念館が来年夏で閉館になるという。
裕次郎さんが52歳で亡くなった4年後の1991年に開館した。
延べ約1800万人が訪れた小樽の名所は四半世紀の歴史に幕を閉じることになる。
入館者が減り、
老朽化した施設の維持がむずかしくなったという。
そうか、
記念館が古びるほどに、
その人の逝去から時が流れたのか。
そうか、
いまの若い人はその名前に、
もうときめかないのか。
記事を読みつつ、
二つの「そうか」が胸にしみた。
記念館の玄関脇には故人愛用のヨットが展示されている。
〈炎天の遠き帆やわがこころの帆〉(山口誓子)。
かつては誰もがあこがれた眩(まぶ)しい“心の帆”が、
しずかに遠ざかる。