5月22日 国際報道2019
小説のタイトルは「ソビエト・ミルク」。
ラトビアがソビエト政権下にあった1960~80年代が舞台である。
主人公は都会で医師として活躍していたラトビア人の母親とその娘。
母親は“政権に批判的だ”と指摘され地方の診療所へ左遷されてしまう。
政権からの抑圧を感じ精神的に不安定になった母親は
“ソビエトに生きる自分の体は毒されている”と考え
生まれた娘に母乳を一度も与えなかったのである。
ラトビア人作家のノラ・イクステナさん(49)。
自分と母親のかつての体験をもとにしたこの作品に込めたのが
民族の融和への思いだった。
(作家 ノラ・イクステナさん)
「ラトビアの人々は分断の状態を選んだままです。」
第二次世界大戦中にソビエトに併合されたラトビア。
1991年に独立するが
いまも人口の3割をソビエト時代に移住してきたロシア系やその子孫が占めている。
そんなロシア系の人たちが持っているのが無国籍のパスポート。
ラトビア政府はロシア系住民に対し
たとえラトビアで生まれても自動的に国籍を与えていない。
試験に合格してラトビア国籍を取得しなければ選挙権がなく就職先も制限される。
(ロシア系の住民)
「この国で生まれたのに国籍をもらえないなんて不公平だ。」
一方ラトビア人の間にも不満がある。
ロシア系の中にはロシア語しか話さない人も多く
“ラトビア社会に溶け込もうとしてない”と批判する声も聞かれる。
(ラトビア人)
「ラトビア語を話さないならロシアに帰ればいい。」
ノラさんの写真には
小学生のノラさんと近所でよく遊んでいた友人たち。
みなロシア系だったという。
(作家 ノラ・イクステナさん)
「私たちは別々の世界に住んでいたわけじゃない。
いつも一緒にいたんです。」
融和への思いがにじみ出ているのが
精神的に不安定になったラトビア人の母親をロシア人の友人が励ますシーンである。
(ラトビア人の母親)
私は友人に打ち明けた。
娘に母乳を与えないことで“不快なもの”を娘が飲まなくていいようにしたと。
(ロシア人の友人)
不快なもの?
あなたの体の中には不快なものなんてない。
あなたはすばらしい“聖人”のような人よ。
(作家 ノラ・イクステナさん)
「もし虐げられる立場だったら憎しみの感情を持つのは当然ですが
それを乗り越えなければならないのです。」
小説には少しずつ共感が集まっている。
ロシア系の読者からは
“ロシア人の悪者と決めつけないノラさんの姿勢にひかれた”という声が寄せられている。
(ロシア系の読者)
「ノラさんはソビエト時代のラトビアをとても明るい視点で見ています。
歴史を単純に白と黒で描いているわけではありません。」
ノラさんは作品に込めた思いを多くの人に伝えようと各地で講演会を開き
民族は互いに歩み寄る大切さを訴え続けている。
(作家 ノラ・イクステナさん)
「いま世界中で人々がお互いを非難し合っています。
こうした憎しみは世の中で最も憎む劇感情です。
憎しみを持って生きることなんてできません。」
民族の分断が続くラトビアで
ひとつの小説が人々の心をつなぐ架け橋となり始めている。