5月22日 読売新聞 編集手帳
昭和の大横綱、
初代の若乃花に名言がある。
<土俵のけがは土俵の砂で治していくんですよ。
けがをするたびに休んでいたんでは勝負師にはなれません>
砂にすべてが込められている。
土俵に転がり、
肩や背中にへばりつく砂が真に強い力士を育てていく――。
大相撲の三月場所を思い出す。
大関の地位にありながら砂にまみれた力士がいる。
栃ノ心である。
右ひざの故障で力が入らないのか、
突き落とされたり、
寄り切られたりで負け越し、
大関の座から陥落した。
ところが関脇として臨んだ五月場所では連日、
体がよく動いて元気な相撲を見せている。
きのうも御嶽海をぐいぐいと寄り切り、
9勝1敗。
大関復帰の条件10勝が現実味を帯びてきた。
再昇進できれば2005年の栃東以来となる。
その地位を失った力士のほとんどが越えられなかった急峻きゅうしゅんな崖を登り切ろうとしている。
ひざの痛みとの付き合いは長い。
一時は幕下55枚目まで落ち、
そこから大関へ。
そして今また若乃花の遺訓を体現するかのように砂だらけの体で大関取りをめざす。
この復活力にときめく相撲ファンは多いことだろう。
あと一番。