緑には、東京しかない

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!!

初夏の渋谷駅:渋谷駅前やスクランブル交差点周辺を散策する PART1

2013年05月23日 09時00分00秒 | 宇田川・渋谷


5月中旬の平日、JR・東急渋谷駅の南口前にやってきました。これから渋谷駅周辺を散策してみたいと思います。南口前ロータリーの真上に架かっている歩道橋の上から「東急百貨店東横店・南館」の建物を撮影してみました。




歩道橋の上から渋谷駅の東側(宮益坂口方向)を観てみると、東急文化会館跡地に再開発工事によって誕生した「渋谷ヒカリエ」の高層ビルを綺麗に撮影することが出来ました。




渋谷駅の宮益坂口前には、長い間東急文化会館の建物が建っていたのですが、2003年の6月末に閉館し、すぐに建て替えのための再開発工事が始まりました。難工事を経て、2012年4月12日に渋谷ヒカリエは華々しく開業したのです。




渋谷駅の南口前には東急バスや京王電鉄バスが中心に乗り入れている「西口バスターミナル」やタクシー乗り場が整備されています。渋谷区や目黒区、世田谷区などの東京23区の南西側の住宅密集地の中へ路線が伸びているのです。




東急東横店の地上3階には東京地下鉄銀座線の渋谷駅ホームが設置されていて、西口バスターミナルの北側には引き上げ線の高架橋が設置されています。高架橋の奥には渋谷駅前のスクランブル交差点が設置されているので、向かってみます。




東急東横店と、渋谷ヒカリエ。どちらも渋谷駅前を本拠地としている東急電鉄・東急百貨店によって運営されています。道玄坂上にある東急百貨店本店と共に、年間1000億円の売り上げを誇る旗艦店舗となっています。




西口バスターミナルを突っ切って、スクランブル交差点へ向かいます。東京横浜電鉄(現東京急行電鉄)が渋谷駅に1934年に開業した「東横百貨店」が、呉服店系の老舗百貨店「白木屋」と1958年に合併して東急百貨店が誕生しました。




東急電鉄の創業者である五島慶太は、戦前に池上電気鉄道や玉川電気鉄道を始めとする数々の競合企業を乗っ取る形で次々と買収します。その強引な手口から「強盗慶太」の異名をとったのだとか。




自身の経営していた鉄道会社である「東京高速鉄道」の始発駅を、同じ系列会社である東急東横店の地上3階に設置して、鉄道利用者を百貨店へ誘導するなど、卓越した経営感覚を有していたと言われています。




浅草ー新橋間で開業していた東京地下鉄道(現在の東京地下鉄銀座線)の経営を乗っ取って、自身の東京高速鉄道(渋谷-新橋)をつなげてしまうなどの「地下鉄騒動」と呼ばれる混乱も生み出しました。これはのちに「営団地下鉄(帝都高速度交通営団)」の発足につながって行くことになります。




西口バスターミナルの西側に建っているのは「渋谷東急プラザ」という名前のファッションビルです。渋谷駅の再開発に併せて、2018年度開業予定で建て替えを計画してしています。




銀座線の引き上げ線の高架橋の下を歩いて行くと、前方に渋谷駅ハチ公口前のスクランブル交差点が見えてきました。平日の昼間の時間帯なのにもかかわらず、人通りの多さは変わらないみたいです。




渋谷駅前のスクランブル交差点の全景です。新宿駅や東京駅の場合は駅の周辺に広大な地下街や地下道が整備されているので、歩く人の流れは地下へ誘導される仕組みになっているので、駅周辺の地上はほとんど人通りが見られないようになっています。




ところが渋谷駅の場合は、駅そのものが渋谷川と呼ばれる都市河川の造りだした谷底地形の中に設置されており、必然的に地下街や地下道を造れる構造になってはいないのです。そのため、人の流れはほぼ全てが地上部に集中してしまうことになります。




スクランブル交差点の地下には東急田園都市線・東京地下鉄半蔵門線の渋谷駅が設置されていますが、地下道や地下街は必要最小限にしか造られておらず、駅を降りた人々は皆さんこのスクランブル交差点の周辺に集まってくることになります。



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