雨天決行。後半は予報通りの雨で、早めの終了になった。
山科駅から疏水の方へ。
ニセカラクサケマン
初めてこの花を見たのは、2007年5月三川合流のあたり。
2009年3月には琵琶湖疏水沿いで見ている。
今はベランダで咲いている。
琵琶湖疏水 この辺りは通称山科疏水といわれる。
琵琶湖から引かれた水路
大津から伏見 大阪との船運で米・炭・木材・石材などの物資や人を乗せる遊覧船も行き来したという。
高低差のある蹴上と伏見にはインクラインが設けられた。
疏水沿いの遊歩道を歩く。山に沿って曲線を描く水路。
サクラの咲いている時は観光船も運行されるようだ。
また、ウォーキングの人も多いだろうが、今日は貸し切り。
水路の幅が広くなったところは船溜だそうだ。
トイレのある所から階段を下りる。
まもなく、天智天皇山科陵の参道。200mぐらいあるらしい。
第38代天智天皇山科陵(御廟山古墳)
古墳時代終末期に造られた、八角墳だそうだ。(墳丘下段は方形)
この御陵は天智天皇のものに間違いないそうだ。
飛鳥の天武持統天皇陵に比べて、なんと大きいこと。
下って地下鉄 御陵駅
御陵駅 入口に建つ「琵琶湖疏水煉瓦工場跡」の碑
琵琶湖疏水用の約1370万個の煉瓦は、このあたりにあった煉瓦工場で製造された。
御陵駅から1駅乗って蹴上駅で下車。
雨は本降り。
駅を出たところにある 蹴上浄水場 ツツジが満開
第2期の水力発電所建屋(発電機などの設備はない)
明治24年(1891年)琵琶湖疏水を利用した日本初の一般供給用の水力発電所(第1期)が運転開始。
京都の街灯や工業用電力や路面電車、インクラインの動力源として利用された。
道路を渡る。
ねじりまんぽ(ねじれのあるトンネル)
ここは何回か通ったことがある。
上にはインクライン。下を斜めにトンネル通路が通っている。
螺旋状に積んだ煉瓦。吸い込まれそうな感じだ。
通り抜けたところから写す。
ねじりまんぽ という工法は多くはないが、2018年に茨木市の「田中のまるまた」といわれる ねじりまんぽ を見たこともある。
煉瓦積みのトンネルは優雅で好きだ。
南禅寺を横に見て・・
水路閣 琵琶湖疏水の一部
今も通水しているそうです。アーチのデザインが美しい。
蹴上インクライン(傾斜鉄道)全長582m
疏水の勾配のきついところを(高低差約36m)船の荷物を積み下ろしせずに、船ごと台車に乗せて上げ下ろし。
ケーブルカーの原理で運んだそうだ。
今はレールが形態保存され自由に歩けくことができる。
水路閣もインクラインも日本人のみの手で設計・施工された。
琵琶湖疏水記念館
雨がひどく、ここで解散となり、自由見学となった。
幕末の動乱、東京遷都などで衰退した京都の復興を願って、
琵琶湖疏水を発案した京都府の北垣知事。
京都の有力者や実業家に疏水の計画をはかる起工趣意書。
3日間にわたる丁寧な話し合いの結果、全開一致で賛同を得た。
琵琶湖疏水の完成で、発電事業・上水道の敷設・市電・・
市民の暮らしはどれだけ便利に快適になったか。
展示を見ながら、先見の明、熱意に感動した。