万葉ゼミに久々の参加
①今月のカレンダーの歌は「こけ」(原文の「こけ」の字はむつかしい)
万葉集に11首の「こけ」の歌があるが、苔そのものを詠んだのは1首のみ。
「み吉野の 青根が峰の苔蓆 誰が織りけむ 経緯(たてぬき)なしに」
わかりやすい歌。
他は「苔生す」(長い年月を経る)などの意味で詠まれている。
その中に、「君が代」の元歌と言われる1首
「我が君は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔の生すまで」
和漢朗詠集に納められている祝賀の歌で酒宴などに歌われたという。
「我が君」は天皇とは限らなかったようだ。
後に「我が君」を「君が代」と置き換え、天皇を崇める国歌とされたよう。
②草壁皇子の挽歌
草壁皇子は天武天皇と後の持統天皇の皇子
大津皇子との皇位争いが有名だ。
天武天皇の後継として共に世を納められたので「日並皇子」とも。
持統天皇3年(689年)病で崩御され、皇位にはつかれなかったが、「岡宮天皇」の尊号が追贈された。
高取町佐田に岡宮天皇真弓丘陵がある。
挽歌として詠まれた歌。
・柿本人麻呂の長歌と短歌2首
・その他に、舎人たちが悲しんで作った歌が23首ある。
「島の宮 上の池なる放ち鳥 荒びな行きそ 君いまさずとも」は、歌碑が建っているから知っている。
「よそに見し 真弓の岡も 君ませば 常つ御門と侍宿(とのゐ)するかも」も聞いたことはある。
他の歌は知らないけれど、悲しんで歌を詠んでくれる人がこんなに大勢いるのは草壁皇子は舎人たちの人望が厚かったと見える。