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信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

直木賞作家、山崎豊子の『沈まぬ太陽』のモデル小倉寛太郎さんの思い出『サバンナの風』。「自然の中の人類の位置を見直す」(妻女山里山通信)

2023-12-23 | アウトドア・ネイチャーフォト
■2009年10月21日にアップした記事です。アクセスが結構あるのでリライトと追記して再アップします。私には人生で身内以外で生き方を揺さぶられた人が二人います。一人は作家になる前の村上春樹さん。もう一人が小倉寛太郎さんです。限られた人生は出会いが全てなのかなと思います。彼ら二人との出会いは私の人生をある意味決定づけたといえるかも知れません。


『サバンナの風』1993年3月30日刊   写真集『サバンナの光』1996年10月1日刊  サバンナクラブ編

 映画『沈まぬ太陽』(原作:山崎豊子)が10月24日(2009年)に公開されます。そのモデルが小倉寛太郎さんであることは有名です。作品は、「モデル小説」という事実を元にしたフィクションですが、巷やマスコミの関心は、各登場人物が実在の人物ではだれか、事実はどうだったのかというような点に集約され、報道も過熱しました。
 基本的に私は、『沈まぬ太陽』は、あくまでもフィクションだと思っています。真実に近づきたいならば、あらゆる立場の人に取材した緻密で公平なノンフィクションの本を作るべきでしょう。
 ここでは、氏の経歴とかではなく、私が二冊の本を通じて関わり、体験したことを綴ってみようと思います。

 私が小倉さんと出会ったのは、確か1991年の後半か92年の初めだったと思います。氏が主催していた「サバンナクラブー東アフリカ友の会」の本を作りたいということで、仕事をすることになりました。私はアートディレクター、デザイナー、エディトリアルディレクターとして参加しました。

 なんといっても(JALで)ナイロビ左遷の憂き目にあった小倉さんですが、「捨てる神あれば拾う神あり」。アフリカの水は氏にピッタリと合ったようです。もし、アフリカに出会わなければ氏の人生は、労働運動活動家としてだけの、実に味気ないものになっていたに相違ありません。「アフリカの水を飲んだものは必ずアフリカに帰る」という言葉があるように、氏もまたその幸せなひとりだったのです。

 本の名前は、『サバンナの風』。クラブの会員には、いわゆる有名人も多く掲載順や写真の選定、トリミングなどには非常に神経を使いました。既に高名なプロの写真家もいらして、そういう方の写真はギリギリまで寄って余計なものが全く写っていないので、基本的にノートリミングで使うしかないのですが、本の版形と写真の版形は違うため、版面いっぱいに断ち切りで使おうとすると、周り3ミリのどぶ(製本の際に断ち切られてしまう部分)でさえとるのが難しいという状況さえ出てきます。絶対に切れない一方に白場を設けてキャプションを入れることにしました。

 ある日小倉さんから、「岩合さんの所へ行って写真借りてきてください。」と言われました。「岩合さんといえばライオンですね。ぜひ、これといういい写真を借りてきてくださいね。」
 いい写真ねえ。ライオンなんて動物園でしか見たことがないし、どういう写真があるかも分からないし。ええいままよと岩合光昭さんの事務所に出かけたのでした。

 岩合さんの事務所では、ご自身が膨大なライオンのまだマウントもしていない撮りたてのリバーサルフィルムをゴソッと出してくれました。私はルーペを片手にライトボックスに次々にフィルムを乗せて膨大な量のカットを見ていきました。さすがです、『ナショナル・ジオグラフィック』にライオンの写真が特集された方ですから。どのカットもライオンの姿形の迫力が手に取るように伝わってきます。しかし、もうひとつピンッとくるものに出会えない…。共通の知人の話や、アフリカと私が行ったアマゾンの違いなどを話ながら、選定を進めましたが、どうにも出会えません。思わずひとりで唸ってしまいました。

 そんな時、赤ちゃんライオンのカットを見ていて、「赤ん坊のライオンて、親とは毛質がぜんぜん違うんですね。」と岩合さんに話しかけました。「ああ、そうなんだよ。分かる?」といって、奥から別のフィルムを持ってきてくれました。それは、4頭のライオンがやっと倒して仰向けになったバッファローに食いついているというものでした。しかも、天を向いたバッファローのアゴ先には、子供のライオンが必死の形相でかみついています。これだ!と思いました。連写の中から一番のカットを選び出し、「これお借りします。」と言って意気揚々と帰路に就きました。
 「よくこの写真借りられましたね。いい写真ですよ。」小倉さんの笑顔を見て、私は一気に苦労が吹き飛びました。


 困ったのは、会長をされていた作家の戸川幸夫さんに『サバンナの風』の題字を書いてもらってきてと言われた時でした。動物を主人公とした「動物文学」を確立させた方で、イリオモテヤマネコの学術的発見の手がかりを得た方でもあります。子供の頃に『少年サンデー』や『少年マガジン』の原作や学校の図書館にあった小説で、私にも非常に馴染みの深い方でした。それだけに、毛筆で題字を書いてもらうなんて、気むずかしい人だったらどうしようと思いながら出かけたのでした。

 ところが、氏は非常に物静かな方で、こちらの無理なお願いにも心易く書いてくださいました。ところが、ところが、なかなか題字にできそうな字があがってこないのです。特に風という字がしっくりこないんです。何度も何度もお願いして書いていただき、最後は風という文字だけたくさん書いてもらいました。書道ではないので、結局たくさん書いていただいた文字から「サバンナ」「の」「風」の文字のいいものを選び出して組み合わせることにしました。この件に関しては小倉さんも苦笑していたのを覚えています。

 小倉さんは、非常に緻密な方で、「写真もまず標本写真として通用すること」が基本です。まあ面白くもない写真にもなりがちですが、いわゆるイメージカット風はダメなんですね。また、私が全編写真ばかりなので奥付にはイラストを使いたいと思い、昔の欧州の画家が描いたアフリカの動物の木版画やエッチングを持参し、小倉さんに見せたのですが、全てボツになりました。理由は生物学的に間違っているからということでした。そして、ひとつひとつのイラストを指し示し、その生物学的な間違い箇所を説明してくれました。納得せざるを得ませんでしたが、私は困ってしまいました。すると見かねたのか、「私の絵を使ってください。」とのこと。「えっ! 絵も描かれるんですか?」と伺うと、「つたない絵ですけど。」といって後日何点かペン画を持ってきてくださいました。そして、その中から私が気に入った一点を使わせていただきました。


 仕事が一段落すると、小倉さんとはよく雑談をしました。アフリカや私が放浪したアマゾンの話、自然保護の話、ハンティングを銃からカメラに持ち替えた話、アフリカの動物はほとんど食べたという話、アフリカを撮る写真家は多いのに、なぜアマゾンを撮る写真家は少ないのかという話、アフリカンに嫁いだ日本女性の話、アフリカを訪れた日本人観光客の面白い話など話題は尽きませんでした。前者の女性は、東京でアフリカ人の男性に出会って恋に落ち結婚したのですが、アフリカの彼の家に行ってみると奥さんがすでに10人ぐらいいたとかいう話です。一夫多妻を知らなかったのですね。後者は、ある朝サバンナに行くと向こうから明らかに日本人旅行者と思われる男性が物凄い形相で駆けてきたそうです。車を降りるとパニックの形相で、昨日ツアーで来たが置いていかれた。岩陰に隠れたが、獣の唸り声が聞こえて一睡もできなかったと英語でまくし立てたそうです。私は日本人です大丈夫ですよと言ったが、彼はそんなことは頭に入らず英語でわめき続けたそうです。今でも人なつっこい小倉さんの笑顔と、アフリカを語るときの情熱的な眼差しは忘れることができません。

 70年代のアフリカの話ですが、「田舎の娘がナイロビのクラブにほとんど裸で出勤してくるんですよ。そして服を着て舞台に出る。踊りながら裸になって踊る。家に帰る時は、また裸になって帰るんです。」急速な近代化を迎えたアフリカのちょっと哀しい笑い話もしてくれました。
 ナイロビに住んでいても野生動物を見たことがない人もいるんです。実際、来日して上野動物園で始めて実物のライオンを見たというアフリカンもいるんですよ。」と。

 『サバンナの風』の氏の文章の一節に、好きな言葉として、こういう一文があります。
「ここ東アフリカの大地に立つと、夜空を仰いでは天文学者になればよかったなあと思い、大地の亀裂、大地溝帯の不思議さを見て、ああ地理学者でもよかったなあと思う。原野を走る動物を見て、そうだ、動物学者という手もあった。目を落として足元の花を見て、植物学者でもよかった…と。」
 こんな風に思わせるのが、東アフリカの自然なのです、と。

 アフリカを通じて、「自然の中の人類の位置を見直す。」ということを訴え続けた方でした。

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 映画『沈まぬ太陽』は、2009年に主演・渡辺謙が主人公の恩地元を演じました。
「日本のナショナル・フラッグ・キャリアである大手航空会社「国民航空」社員で同社の労働組合委員長を務めた恩地元と彼を取り巻く人々の描写を通して、人の生命にかかわる航空会社の社会倫理を表現した作品である。日本航空とその元社員である小倉寛太郎、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日本航空123便墜落事故などがモデルとされている。実在の複数の人物が登場人物のモデルとなったとの推測があるが、山崎豊子は公式には認めていない。しかし、山崎豊子は多くの日本航空関係者にインタビューを実施している。」Wikipedia
 ただ氏は事故原因や事故後の補償問題も含めて、JAL123便墜落事故には一切関わっていません。
「定年退職後は長い僻地勤務の経験からアフリカ研究家、動物写真家、随筆家として活躍。ケニア政府とウガンダ政府からは野生生物保全管理官(名誉ウォーデン)に任ぜられた。1976年には戸川幸夫、羽仁進、渥美清、田中光常、小原秀雄、増井光子、渡辺貞夫、岩合光昭ら東アフリカの自然と人を愛する同好の士を集めて「サバンナクラブ」を発足させ、事務局長を務めている。2002年(平成14年)10月、肺癌で死去(72歳)。 Wikipedia
 他にメンバーではいかりや長介、岡崎友紀、見城美枝子、久保田利伸など。個人的には『サバンナの風』の出版記念パーティーで岡崎友紀さんと少しお話できたことが最高の思い出でした。大ヒットした「おくさまは18歳」(最高視聴率33.1%)とか長野の田舎でテレビで見ていた国民的アイドルであこがれのスターでしたから。出版記念パーティーは、著名な方々やクラブの会員の方々が大勢集まり、掲載された写真が飾られ、それは賑やかなものでした。小倉さんから私も紹介され栄誉をあずかりました。『サバンナの風』には、上記の方々のアフリカの写真やアフリカへの熱い想いが載っています。ネットで中古本が買えます。

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 知り合って間もない頃、打ち合わせをしていて小倉さんが、「アフリカ行ったことないですよね。でも若いのになんでそんなに世界の事知っているんですか」と言われたことがありました。そこで、南米、アマゾンとアンデス200日の放浪のことを話しました。あーなるほどと頷かれ、それから仕事の話が一気にスムーズに運ぶようになったのです。
 ある時、本に載せる小倉さんの写真を選ぶためにご自宅にお邪魔したことがありました。アフリカや生物学、動物学などの膨大な書籍が収められた書架が並ぶ氏の書斎で膨大な量のリバーサルフィルムを観ながら選定を始めました。驚きましたその膨大な量に。そして氏の几帳面さを感じさせる図鑑に載せてもいいほどのクオリティ。私はそうではない遊びのある写真も好きなのでいやあ本当に生真面目な人なんだなあと思いました。アートディレクターの目線はもっと幅が広いのです。ただ、氏の写真は動物に対する愛があるので冷たくはないのです。それが本当に素晴らしいなと思いました。奥様も写真を撮られていて写真集に載っているのですが、タイトルがユーモアがあって好きでした。その後、だんだん打ち合わせ以外の話が増えていったのを懐かしく思い出します。それは楽しい充実した時間でした。彼が常々言っておられた「自然の中の人類の位置を見直す。」それは今にも通じる命題です。


 小倉さんの写真。

1999年駒場祭講演会・小倉寛太郎「私の歩んできた道」:ぜひ読んでほしい講演です

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本の概要は、こちらの記事を御覧ください

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