晩秋から初冬へと移りゆく信州ですが、とにかく暖かい。27日には初雪が舞ったのですが、すぐに雨に変わりました。冬型にならないため、晴れの日がほとんどありません。干し椎茸が乾かなくて困っています。そんな週末、僅かな晴れ間を逃すまいと撮影に出かけました。アンダーに長袖のTシャツ一枚なんですが、登って行くと軽く汗ばむほど。
妻女山から長坂峠へ。左の写真は、旧道が乗っこす東風超えから長坂峠と斎場山を振り返ったところ。妻女山駐車場から右の林道を登って15分ぐらいで着きます。長坂峠から斎場山とは逆の方向へ250mほど歩きます(中)。林道が右へ曲がる手前に、左へ踏み跡(右)。矢印の方向へ50mほど歩くと、そこが陣馬平です。第四次川中島合戦の際に、上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたと伝わる平地です。標識がないので分かりにくいのですが、矢印の右の幹に←陣場平の文字があります。
大河ドラマ『真田丸』が始まるためか、妻女山や斎場山へ訪れる人が増えています。斎場山までは、ハイキング気分でも大丈夫ですが、鞍骨山へはトレッキングの格好と装備で登ってください。拙書では地形図と共に詳しく説明しています。
陣場平。手前は菱形基線測点。雪が降ってススキなどが全部潰れると、広大な平地が浮かび上がってきます。前方の落葉松林を抜けて右方向へ50m歩くと、林道に戻れます。拙書に写真を載せていますが、ゴールデン・ウィークの頃には、貝母(編笠百合)が見事な花を咲かせます。
そこから道無き道を歩いて30分。まずヒラタケを見つけました(左)。そしてなんとハタケシメジの群生も(中)。11月末に採れたのは初めてです。さらに奥山でナラタケの群生を発見(右)。コナラの倒木の樹皮と幹の間にたくさん生えていました。これも例年なら終わっているキノコ。これらは、次回の妻女山里山デザイン・プロジェクトの手打ちキノコうどんの具材になります。いい出汁が出るでしょう。菌根菌ではないし、放射能もほぼ心配ないのですが、一応塩湯に浸けて茹でこぼして除染してから使います。
戻って今は亡き山仲間のKさんのログハウスで休憩。ヤマツツジが狂い咲きしています(左)。ログハウスの庭は青々としていてまるで早春の様です(中)。雨が多いので、イシクラゲが大発生(右)。実はこれ食べられます。洗って味噌汁や和え物に。山のワカメです。
日溜りにシダ類のリョウメンシダ(左)。葉の裏には胞子が(中)。青っぽいですが、やがて茶褐色へと変わります。右はヤブソテツ。ニホンカモシカは、冬になるとこういったものも食べます。この日も林道を歩いていたら「シュッ!」っと威嚇音が。見上げるとすぐそこにニホンカモシカがいました。双子を産んだメスのシロでした。
長坂峠に戻って樹間から善光寺平の景色。中央に、AC長野パルセイロのホームスタジアムが見えます。手前に千曲川の流れ。堤防がまだ緑色をしています。1742年の戌の満水の大災害の後、幕府より一万両を借りて松代藩が大改修したため、戦国時代の流路とは全く異なります。
◉上杉謙信が妻女山(斎場山)に布陣したのは、千曲川旧流が天然の要害を作っていたから(妻女山里山通信)
山を下りて買い物に松代方面へ。帰りに上信越自動車道の松代PAに寄りました。そこから南の風景。鞍骨山の山脈が見えます。上杉方の村上義清の傍系ですが、武田方についたこの地の土豪、清野氏の山城、鞍骨城跡があります。全国から山城マニア、歴史マニアや歴女が訪れます。この山も拙書では詳しく紹介しています。
城跡左の深いコルは、元々鞍部があったものを更に掘り崩したものの様です。昔は石の階段があったと聞いたことがあります。象山方面から攻められた時の駒返しでしょうか。城跡の右、天城山(てしろやま)方面には、深い三つの空堀があります。
松代PAから松代方面の眺め。下り(写真)の天ぷらそばととろろ飯のセットはお勧めです。下の一般道からも入れます。上りと下りは階段で行き来できます。上りは、郷土料理のお煮かけそばがお勧め。西を見ると妻女山と斎場山が。天気が良ければ北アルプスが見えます。北には戸隠連峰と飯縄山。景色のいいPAです。お土産には、名産の長芋やりんごをどうぞ。郷土料理「おしぼりうどん」に使う辛味大根など地物の野菜も上りでは買えます。
◉「妻女山」「妻女山 行き方」「妻女山 地図」「斎場山」「さいじょざん」「さいじょうざん」
◆『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。その山の名前の由来や歴史をまず書いているので、歴史マニアにもお勧めします。
本の概要は、こちらの記事を御覧ください。
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■『国分寺・国立70Sグラフィティ』村上春樹さんの国分寺「ピーター・キャット」の想い出。はてなブログに移動しました。
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