~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

映画「ぼけますから、よろしくお願いします」

2019-06-17 22:58:05 | 日記

昨日は湯河原で、田口ランディさん達がやっている

色えんぴつの会が主催の映画上映会と講演会が

ありました。

「ぼけますから、よろしくお願いします」

という映画のタイトルからして、私は介護者が

観に来ると思ってましたが、会場には当事者と

思われる高齢の方々が大勢来ていました。

皆さん、自分がどうなるかという

不安を抱えて生きているんだなと思いました。

安心して歳をとれない社会であることを

突き付けられた気もしました。

映画は、深刻な中にも笑いがこぼれ、

そして、涙が溢れ…

生きるということを考えさせられました。

認知症のおばあちゃんと耳の遠いおじいちゃん

この二人のやりとりのズレが、時にはコミカルで

深刻な状態を緩ませてくれるのです。

上映後の中谷先生のお話しも、このどんな人にも

あるズレについて気づかしてくれました。

誰でも歳をとって行きます。

それは介護者にも当事者にもなるということです。

是非、観て欲しい映画です。

ぼけます予告Youtube ver

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初女さんが伝えたかったおむすびを結びませんか

2019-06-15 18:59:57 | 日記

私の勤める障がい者の作業所のメンバーである

Mちゃんは、出勤の日は必ずコンビニのおむすびを

持ってきます。

お昼になると、職員がMちゃんが食べやすいように

おむすびをハサミで切ってひと口サイズにします。

私も、そのことを何も考えずにやっていましたが、

今、ふとハサミで切れるおむすびって、

どれだけ、かたく結ばれているんだと

思ったのです。

初女さんのところに来た男性が、自分は母親の

おむすびを食べたことがないと言われたそうです。

おむすびはコンビニのものとなってしまったら

お母さんのおむすびを食べたことのない人が

増えてしまうかも…

おむすび講習会をやると、皆さんがおむすびは

かたく結ばないと崩れると思われています。

初女さんのおむすびは、ふわっと結んであるのに

崩れず、口の中に入れるとご飯がほどける

そういうおむすびです。

「おむすびはシンプルだから難しいの」と

初女さんはよく言われてました。

おむすびは、手で結ぶから心がストレートに

伝わる気がします。

「心をかけることは、手をかけること」と

言われていた初女さん

その生き方が、そのままおむすびに

うつし出されている気がします。

初女さんの丁寧な美味しいおむすびを

一人でも多くの人に伝えていきたいです。

7月10日、成増の『奈の里』で2回目の

おむすび講習会があります。

初女さんが伝えたかった、お母さんのおむすびを

一緒に結びませんか。



 

 

 

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根拠のない自信は強い

2019-06-14 22:15:05 | 日記

ラジオを聴いていたら、バイオリニストの

川井郁子さんが

『自分は役に立つ人材だという自信ほど

大切なものはない (アンドリュー・カーネギー

という言葉を紹介した後で、「根拠のない自信は

強い…」と言われたのです。

一瞬「え?」と思うような言葉ですが、確かに

言える~と、頷いてしまいました。

私が初めて訪れた〝森のイスキア”から

帰る時に、私はいつの日かきっと、息子の死を

感謝をもって受け入れられる日が来る!と

確かに思えたのです。

何の根拠もなかったけれど、なぜか確信が

持てたのです。

そして、数年後に初女さんに「息子の生も死も

与えられたものと思います。」と言ってる自分が

いました。

根拠のない自信は、自分の考えを超えた処から

来るのかもしれません。

もしかしたら、魂が感じているのかも

しれません。



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「気づき」初女さん・ティク・ナット・ハンさん

2019-06-12 11:28:29 | 日記

初女さんは、何歳になられても〝気づき”を大切に

された方です。

歳をとると気づきなんて滅多にないし、自分は

もう変わらないと思っている人が、結構います。

気づきたい!と思う気持ちを持たないと

なかなか気づけないものなのかもしれません。

『昨日と同じ今日はいやなんです。

どんな小さいことでもいいので

毎日の暮らしの中から気づきと発見を得て

行動に移していきたいの。

ささやかな積み重ねが、知らず知らずのうちに

成長につながっていくように思います。

             佐藤 初女  

ベトナムの僧侶、ティク・ナット・ハンさんも

気づきについて語っています。

ブッタの軽業師のたとえ話をあげて

『軽業師の親分が頭の上に竹竿をのせバランスを

とり、弟子の少女が竿の上で芸をするのですが

親分が「俺はお前をよく見ているから、お前も

俺から眼を離すんじゃないぞ。お互いに

集中し合えば事故なんて起りゃしないから」

と言うと、少女は

「お互い自分だけに集中したほうがいい。

自分自身に集中するのはふたりの面倒をみるのと

同じじゃないかと思うのです…」と言ったそうです

ブッタはこの子の言い分の方が正しいと言われた

そうです。

ティク・ナット・ハンさんは、「家族の中で

たったひとりでも気づける人がいれば、

家族全員がもっと気づけるようになる

クラスの中でひとりの学生が気づきの生活を

すれば、クラス全体が影響をうけるのです。

自分が最善を尽くしていれば、まわりの人も

気づいてくれるのです。

ただし、その為には気づきの修練を続けなければ

なりません。

気づきだけが、自分を見失わないで喜びに満ちて、

いつもキラキラと輝かせてくれるのです。

気づきだけが、まわりの人たちへのひらかれた心と

愛の眼差しを取り戻してくれるのです。

         ティク・ナット・ハン』

何となく気づけたらいいな~と待っていては

なかなか気づけないのですね。

気づきの修練か~

初女さんの言葉は、まさに気づきの修練ですね。

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坐る・唯 坐るということ

2019-06-11 22:45:07 | 日記

最近、毎朝5時半ぐらいに起きて坐っています。

瞑想というと何かインスピレーションが来るのでは

ないかと期待してしまうので、唯坐っています。

朝、顔を洗うように起きたら坐る!という

日常になればいいなと思っています。

昨日、友人が坐っていると大自然の呼吸を

感じるよねと言うので、今朝坐ったら、

星野道夫さんのカリブーの写真が浮かんで来て

深い呼吸をしていると、そのカリブーと自分が

一体ととなったような感覚に包まれたのです。

本当に不思議な感覚でした。

坐る・坐禅・瞑想 これらは本来のありのままの

自分にかえしてくれることのようです。。

初女さんも朝、瞑想していたのと言っていたのを

聞いたことがあります。

これだけ目がぐるしい社会に生きているの

ですから、坐って深い呼吸をするということを

いのちが求めているという気がします。

(今朝、坐っている時に浮かんだ星野さんの写真)

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「その時」が訪れるために~初女さん

2019-06-10 21:50:58 | 日記

若い頃は、人生とは夢に向かって

自分で切り拓いて行くものだと思っていました。

今は、それが大きな間違いだと思っています。

初女さんの本にも書いてありました。

これは大切な初女さんからのメッセージだとだと

思います。

「初女さんの夢はなんですか」という質問が

多いのですがと言われ

『もちろん、私にもささやかな夢や希望が

ないわけではありません。

でも、それらの実現に向かって綿密に計画を

立てたり、猛進したりということは、これまで

一度もありませんでしたし、これからもないと

思います。なぜなら、時が熟せば必ず道は

拓ける、「その時」は自然に訪れるものだと

信じているからです。

今日という日をしっかり受けとめて生活して

いれば、必ず進むべく道は拓けるのだと

信じているのです。

「一寸先は闇」という言葉があるように、

どんなに考えても明日のことはわからないもの。

確実なのは「今」だけです。

確実な今、今日という日をしっかり生きることが

何よりも大事であり、そうしていれば

「その時」は訪れると思います。

              佐藤 初女』



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初女さんの食はいのち

2019-06-09 23:22:10 | 日記

昨日のおむすび講習会に来て下さった方たちの

Facebookを見て、こんなに短い時間の中で

ここまで、初女さんを感じて下さっていたんだと

感激してしまいました。

本当に「食はいのち」です。

初女さんの言葉が響きます。

『食はいのち。食材もまたいのち。

 食は生活の基本です。

 心が苦しみで詰まっている人は

 なかなか食べることができません。

 それでもひとくち、ふたくちと食べ進み

 〝おいしい”と感じたとき、生きる力が

 湧いてきます

 おなかが満たされると、心の扉が開くのです。

 自然に感謝の気持ちが湧いてきて

 人になにかしてさしあげたくなってきます。

 食をおろそかにすると生活が乱れて

 すべてのおのちに鈍感になります。

 食を大切にする人は、人をも大切にします。

               佐藤 初女』

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初女さんのおむすび

2019-06-08 21:29:57 | 日記

今日は、成増の「奈の里」でおむすび講習会を

させて頂きました。

皆さん、生前の初女さんには出会っていませんが

初女さんのおむすびに心を寄せて、来て下さるの

です。

本当に感謝です!

お米の洗い方から、給水の具合、炊飯のタイミング

などから、初女さんのおむすびへと入っていくの

ですが、初女さんがご飯の炊き方が一番!と

言っていたので、ご飯炊きは毎回ドキドキします。

初めましての電気釜とお米で炊くのですから…

参加して下さった皆さんも

「こんなに緊張しておむすび作ったことない」

と言いながら、真剣におむすびと向き合って

くれました。

その姿には、本当に心打たれます。

出来たおむすびを「美味しい!今までの

おむすびと全然違う」と言って美味しいそうに

食べている姿を見るたびに、初女さんの

おむすびの凄さを感じます。

「おむすびは、簡単でないんだよ。

シンプルだから難しいの」という初女さんの

言葉に、私はどれだけおむすびを習いに

行ったかわかりません。

でも、今こうして初女さんから頂いたこの豊かな

時間に感謝しないではいられません。

お米離れが加速しているこの国で

お米の美味しさを地道に伝えて行きたいです。

『お米と塩とのりと梅干し。

 シンプルな材料で作るおむすびは、日本人に

とっての”心のふるさと”ではないでしょうか。

私が作るおむすびは、三角ではなく丸い形です。

それは、指ではだはなく、たなごころで

にぎっているからです。

真ん中が少しへこんでいるのも、その名残です。

            佐藤 初女』

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自分を愛する~ティク・ナット・ハン

2019-06-06 22:03:58 | 日記

昨日のブログに、ばななさんの愛情と愛は違う

ということを載せましたが、ベトナムの僧侶

ティク・ナット・ハンが愛について語っている

言葉が深いので、味わってみたいと思います。

『自分を愛し、自分にやさしく接することは

とても大切です。

自分を愛で満たすことが出来ると、その愛は

自然とあなたの言葉や行動に溢れ出てきます。

自分自身を愛することは、あらゆる人々の

ためになることです。

自分を大切にし、喜びと幸せ満ちて

暮らしている人々は、私たちの最も力強い

支えです

こうした人々は、何をしていても

世のあらゆる人の為に役立っているのです。』

ベトナム戦争で苦しみ悲しみの極みを通って来た

ティク・ナット・ハンの言葉は深いものが

あります。

ここでも、愛情ではなく”愛”です。

まず一番大切なことは、自分を愛することなん

ですね。

自分を愛することが、あらゆる人の為に

なるなんて、考えたこともありませんでした…

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愛情でなく愛だったら…」

2019-06-05 21:33:45 | 日記

ばななさんの本を読んでいて「そうか~そうだよね」

って思うことが、度々あります。

今回もプリミさんのとの対談に、何度も頷いて

しまいました。

その1つを書き出してみたいと思います。

プリミ:子供の人生を認められないと、その子の

    魂の軸みたいなものが絶対に崩れて

    行っちゃうんじゃないかと思うんです。

    親が決めつけて頭ごなしに言うとかって

    子供に対してすごく失礼だし無礼なこと

           じゃないかって…

    「良かれと思って」とか「あなたのために

     言ってるのよ」と思うことは、大体

             とても 余計なお世話してる可能性が  高い

ばなな:親だけじゃなかったりしますもんね。

    先生とか友達とね。周りにいる人の

           善意ってあまり意味がないことが多い

           気がします。

    愛情でなく愛だったら意味はあるけど

    情や善意は意味がないというのは

    よく感じます。

う~ん、このお二人の対談、大切なことが

詰まっていますね。

愛情ではなく、愛だったら意味がある…

確かに~しかし深い言葉です。

味わってみる価値があると思いました。

    

     

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