春のタモロ沼の岸辺に、ネオは立っていた。
まだ稲を植える前の沼は、静かに水面に風を受けている。時々ゆれる水面に、高い青空が映り、その中を一羽の鷲が飛んでいた。
ネオの仕事は、このタモロ沼の管理だった。釣りも弓作りもやるが、たいていはこのタモロ沼のほとりにきて、稲の様子を見たり、岸辺の土を盛りなおしていたりした。自然のまま放っておくと、沼の岸が崩れて危なくなるのだ。もろいところなどは、定期的に土を入れて補強しておかねばならない。
このタモロ沼ができてから、カシワナ族の暮らしは格段によくなった。ヤルスベ族の要求にも十分に答えられ、それにも余るほどの米がとれた。毎年やる稲植えは大変だが、その労に余るほどの恵みがあるのだ。
すばらしい沼だった。
「これ、アシメックがつくったんだね」
ネオの隣で、小さな子供が沼を見渡しながら言った。ネオはモラとの間に、五人の子供を作ったが、五人目でようやく男ができた。この子供はその男の子だ。名前はモトといい、今年で五歳になる。ネオは愛おし気に息子に笑いかけ、言った。
「ああ、そうだ。アシメックとみんなが作ったんだよ」
「ネオもやったんだよね」
子供は言った。ネオは「ああ」と答えた。結婚制度のないこのころでは、父親にあたる名詞がない。だから子供は、男の親のことは名前で呼んだ。だがモトにとっては、ネオは特別な男だった。いつも家に一緒に住んでいて、母親と仲良くしている。そしてモトのためにいいことはなんでもしてくれた。