天の国には、大きな学堂がございました。天の国の王様は、神の清らかな御言葉を受け取る霊感にすぐれており、それを人にも使いやすい呪文になおし、日夜新しい魔法を生みだしておりました。ですからその学堂で講義が行われる日には、新しい魔法を学びに来る人が、それはたくさん訪れてきました。
青年は、学堂の末席に座り、王様が宙に描いたみごとな光る印の形に見惚れながら、しきりに帳面に王様の言葉を書き写していました。彼は帳面に写した印の難しい組み合わせを見つつ、(すごいな、今の僕ではとても描けそうもない。ずいぶん練習しないとな)と思いました。
ひととおりの説明が終わると、王様は神の導きに感謝し、皆もそれに従いました。そして講義は終わり、学堂に集まった者は、一斉に王様に挨拶すると、みなざわざわと語り合いながら、それぞれに学堂を出ていきました。青年は帳面の図形を見ながら、少しの間ぼうっとしていました。と、まるで光が寄って来るように、王様がそばに来て、ほほ笑みました。
「どうしました。最近はよくおいでになりますね」
青年はあわてて帳面をしまって立ち上がり、「いや、ちょっと、思うことがありまして…」と言って、先ごろ聖者の仕事を手伝った時、その魔法陣の見事さに感動したことを、素直に話しました。
「ああ、それでですか。確かにあの方はとてもすぐれたお方です。わたしの所にも時々いらっしゃいますが、どんな魔法もすぐに吸収して、上手にお使いになります」
王様は彼の勉強熱心なことをとても悦びました。
「おや? 今日はほかにも御用があるのですか?」王様はふと目をあげて、言いました。「だれかお待ちの方がいるようですね」すると青年は、あっと声をあげました。
「そうでした。すっかり忘れていた。ありがとうございます」青年は王様に礼をすると、あわてて学堂を出て行きました。
学堂から少し離れた小さなお堂の中で、少年が待っていました。青年が姿を現すと、少年は「おそかったですねえ、どうしたんです?」と言いました。青年は、いや、ちょっと、と言葉をにごして、「醜女の君はまだおいででないね」と、言いました。すると少年は、少し口をとがらせて言いました。「もうすぐおいでになりますよ。もうちょっと来るのが遅かったら、お待たせしてしまうところでしたよ」青年は、「わかったよ。すまなかった」と謝りました。
「念のために言っておきますけど、醜女の君の前では、『お美しい』という言葉は禁句ですからね。あのお方はそう言われるとたいそう悲しがって、泣いてしまうんだ」
「わかってるよ。ここの王様は、それでも、そう言うらしいけどね」
「王様はほんとのことしか言わないんだ。それで醜女の君はこの頃、王様のことを、つい避けておしまいになるそうですよ」
「そんなにつらく思うことはないのになあ」
と、ふたりが語り合っていると、お堂の扉がぎいと開いて、醜女の君が姿を現しました。彼女はいつものように、顔を隠し気味に羽衣をかぶり、金の紐で口を結んだ大きな白い袋を手に持っていました。青年と少年は同時に立ちあがり、礼をしました。
「お待たせいたしました。これだけあればよろしいかしら」醜女の君は、袋を青年にわたしました。青年はありがたく頂き、瞬間目を光らせ、袋の中を透き見ました。中には見事に美しい月珠がたくさん詰まっておりました。青年は醜女の君に言いました。
「ありがとうございます。とても助かります。このお礼はいつかまた…」
「いえいえ、いいんですの。お役に立てるだけでうれしいわ」醜女の君は、少女のような愛らしい声で言い、口元に手をあてて、ほほ笑みました。
少年は、その手を見て、はっとしました。醜女の君のお手は、たいそう白く、見たこともないほど美しく整った形をしていました。彼はその手の美しさに引き込まれ、瞬間、我を忘れてしまいました。そして言葉を失った少年を、青年がひじでつつきました。すると少年は、あ、と気付いて、あわててお礼の言葉を述べました。醜女の君はほほ笑みながら、また御用があれば言ってくださいね、と言って、扉の向こうに去って行きました。
少年は、ほっと息をつき、思わず言いました。「あんなきれいな手、見たこともない」。
「なんだ、今頃気がついたのか」青年が笑いながら言いました。「美しいことをしている方の手は、あんなにも美しいんだ」。
「…そうか、やっぱり王様はほんとのことを言ってるんだ…」
少年は言いつつ、醜女の君が去っていった扉を、しばし見つめていました。