世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ちいさなたまご

2014-01-24 04:25:27 | 月夜の考古学・本館

 木の上の、ちいさな巣の中に、みっつのたまごが、なかよくならんでいました。おおきなたまごは、おおちゃん。ちゅうくらいのたまごは、ちゅうちゃん。そして、ちいさなたまごは、ちいちゃん。
 もぞもぞ、ぴよぴよ、もおもぞ、ぴよぴよ、何かおはなししています。

「ねえ、ぼくたち、もうすぐ、生まれるね」
 おおちゃんが、いいました。
「うん、だいぶ、きゅうくつになってきたもの」
 ちゅうちゃんが、こたえました。
「そとは、どんなかなぁ。はやく、うまれたいなあ」
 ちいちゃんが、ぷるぷるふるえながら、いいました。うまれてゆくときのことをおもうと、むねがどきどきして、じっとしていられないのです。

 でも、おおちゃんは、ちょっとちがいました。
「ぼくは、まだ、うまれたくないな」
「ええ、どうして?」
 ほかのふたつのたまごは、びっくりして、いいました。おおちゃんは、ちいさなこえで、こたえました。
「だってぼくたち、そとにでたら、はだかんぼなんだよ」
「なあんだ、そんなこと」
 ちゅうちゃんが、ほっとして、いいました。
「だいじょうぶよ。だってわたしたち、ふかふかのはねをもってるんだよ」
 でも、おおちゃんは、あついからのなかで、もじもじもじもじ、ふるえています。
「でも……、こわいことが、あるかもしれないだろ?」
「こわいことって?」

「ほら、ときどき、からのそとで、おおきなおとが、するだろ? あれはきっと、おばけなんだよ」
「おばけ!!」
 ちゅうちゃんが、びっくりしたように、くりかえしました。そういえば、まえに、ぼおぅ、ぼおぅと、おおきな、へんなおとが、きこえてきて、巣が、ぐうらぐうらと、ゆれて、とてもこわかったことを、おもいだしたのです。
(それは、そとで、おおかぜのふいた日でした!)
 おおちゃんは、こえをひそめて、いいました。
「おばけって、きっと、まっくろで、もじゃもじゃで、すっごくいやなにおいがするんだ。そして、ぼくたちがうまれたら、あたまから、ばりばりたべてやろうって、まちかまえてるんだ……」
 それをきいた、ちゅうちゃんは、びくびくふるえながら、「わたし、うまれるの、やめようっと」と、いいだしました。
 でも、ちいちゃんは、まけません。
「そんなの、うそだい。まだうまれたことも、ないくせに!」
「おまえだって、まだ、うまれてないじゃないか。ねえ、みんな、もうそとにでるのはやめようよ。ぼくたち、いっしょう、たまごでいたほうが、あんしんだよ」
「そうだね。このなかにいたなら、おばけも、これないよね」
 おおちゃんとちゅうちゃんは、こくこく、うなずきあいました。でも、ちいちゃんだけは、うんと、いいません。

「でも、そとには、おかあさんがいるんだよ!」
 ちいちゃんは、たまごのからを、びりびりさせて、いいました。すると、ほかのたまごたちは、きゅうにだまりこみました。
「そうよ、おかあさんがいるんだ。ああ、よかった」
 ちゅうちゃんは、ほっとしながら、いいました。ちいちゃんは、とくいになって、えへんと、むねをそらしました。
「ね、うまれたら、おかあさんにあえるんだよ。ああ、ぼく、はやくあいたいなあ。いったい、どんなかんじかなあ、おかあさんて……」

 けれど、こんどは、おおちゃんが、いいかえすばんです。
「でも、おかあさんなんて、ほんとはいないかもしれないよ」
 それをきいた、ちいちゃんは、たまごのからが、すきとおってしまうかとおもうくらい、まっさおになりました。おおちゃんは、いいました。
「そうさ、ぼくたち、まだいちども、そとにでたことないんだもの。おかあさんが、ほんとにいるかどうかなんて、わかりっこないじゃないか」
「だ、だって、こえがきこえたよ! すごくやさしいこえだったよ!」
「おばけが、だましてるのかも、しれないよ」
「そんなの、うそだ! おかあさんは、いるよ! ぜったいいるよ!」
 ちいちゃんは、わめきました。ちゅうちゃんは、おおきなためいきを、つきました。
「わたし、やっぱり、うまれるのやめる」
「そのほうがいいよ、ここは、ぜったいあんしんだもの」
 おおちゃんと、ちゅうちゃんは、からをよせあって、ぼそぼそ、ささやきあいました。

 ちいちゃんは、すみっこで、くすんくすんと、ないていました。けれど、しばらくして、ふとなきごえが、やみました。そして、なにか、じっとかんがえているふうでした。
「……わかった。そんなにいうんなら、ぼくがさきにうまれて、ほんとうのことを、たしかめてきてやる!」
 とつぜん、ちいちゃんは、いいました。でも、ほかのたまごは、なにもこたえません。もうすっかり、うまれるきもちを、なくしていたのです。
 ちいちゃんは、なきべそをかきながらも、こつこつと、たまごのからを、たたきはじめました。

 こつこつ、くすんくすん。 こつこつ、くすんくすん。

 でも、たまごのからは、かたくて、なかなか、われません。
 ちいちゃんは、こころぼそくなって、ほかのたまごたちのようすを、うかがいました。

(ぼくも、うまれるの、やめようっと)
 そういって、なかまにはいれたら、どんなにらくでしょう。でも、ちいちゃんは、からをたたくのを、やめませんでした。なきべそは、もう、ほんなきになっていましたけど。

 こつこつ、こつこつ。
 うわーん、うわーん。
 こつこつ、こつこつ。
 うわーん、うわーん。

 ……すると、おや?

 コツコツ、コツコツ。

 どこからか、もうひとつ、たまごをたたく、おとが、きこえます。
 ちいちゃんは、いきがとまるかと、おもうくらい、びっくりしました。そとがわからも、だれかが、たまごのからを、たたいているのです。
(おかあさんなの? それとも、おばけ?)
 ちいちゃんは、こわいのか、うれしいのか、じぶんでも、よくわからなくなりました。それでも、わんわんなきながら、たまごのからをたたきました。こつこつ、こつこつ、たたきつづけました。

 やがて、たまごのからに、ぽちんと、あながあきました。すると、あなのむこうから、まぶしいひかりや、ひんやりしたくうきや、ぱちぱちとみみにはじける、ふしぎなおとが、やってきました。さあ、あと、もうすこしです。ちいちゃんは、むちゅうになって、からだじゅうで、あばれまわりました。
 やがて、いきなり、くるんと、てんちが、ひっくりかえって、ひろくて、さむくて、とてもまぶしいところに、ちいちゃんは、とびだしていました。
(ここは、どこ?)

 ちいちゃんは、もう、たまごではありません。

「おやおや、いちばんちいさなおまえが、いちばんさきに、うまれたのね」
 あたまのうえから、やわらかなこえが、ふってきました。
 ちいちゃんは、あたまをもたげて、いっしょうけんめい、めを、みひらきました。
「こんにちは、ぼうや。ずっと、まってたのよ。わたしがおまえの、おかあさん」
 はじめてみる、おかあさんは、おおきくて、いいにおいのする、ふわふわの、かたまりでした。そして、うまれたばかりの、ちいちゃんを、やさしく、はねのしたで、あたためてくれました。

 ちいちゃんは、ちいさなつばさを、ばたばたさせました。もうびっくりして、うれしくて、どうしていいか、わからなかったのです。
 そして、ようやく、こえが、でるようになると、ちーちーと、いいました。

「みんな、おかあさんは、ちゃんといるよ!」



(2005年頃。1994年ちこり初号に発表した作品を絵本用に改稿したもの。)




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