木の上の、ちいさな巣の中に、みっつのたまごが、なかよくならんでいました。おおきなたまごは、おおちゃん。ちゅうくらいのたまごは、ちゅうちゃん。そして、ちいさなたまごは、ちいちゃん。
もぞもぞ、ぴよぴよ、もおもぞ、ぴよぴよ、何かおはなししています。
「ねえ、ぼくたち、もうすぐ、生まれるね」
おおちゃんが、いいました。
「うん、だいぶ、きゅうくつになってきたもの」
ちゅうちゃんが、こたえました。
「そとは、どんなかなぁ。はやく、うまれたいなあ」
ちいちゃんが、ぷるぷるふるえながら、いいました。うまれてゆくときのことをおもうと、むねがどきどきして、じっとしていられないのです。
でも、おおちゃんは、ちょっとちがいました。
「ぼくは、まだ、うまれたくないな」
「ええ、どうして?」
ほかのふたつのたまごは、びっくりして、いいました。おおちゃんは、ちいさなこえで、こたえました。
「だってぼくたち、そとにでたら、はだかんぼなんだよ」
「なあんだ、そんなこと」
ちゅうちゃんが、ほっとして、いいました。
「だいじょうぶよ。だってわたしたち、ふかふかのはねをもってるんだよ」
でも、おおちゃんは、あついからのなかで、もじもじもじもじ、ふるえています。
「でも……、こわいことが、あるかもしれないだろ?」
「こわいことって?」
「ほら、ときどき、からのそとで、おおきなおとが、するだろ? あれはきっと、おばけなんだよ」
「おばけ!!」
ちゅうちゃんが、びっくりしたように、くりかえしました。そういえば、まえに、ぼおぅ、ぼおぅと、おおきな、へんなおとが、きこえてきて、巣が、ぐうらぐうらと、ゆれて、とてもこわかったことを、おもいだしたのです。
(それは、そとで、おおかぜのふいた日でした!)
おおちゃんは、こえをひそめて、いいました。
「おばけって、きっと、まっくろで、もじゃもじゃで、すっごくいやなにおいがするんだ。そして、ぼくたちがうまれたら、あたまから、ばりばりたべてやろうって、まちかまえてるんだ……」
それをきいた、ちゅうちゃんは、びくびくふるえながら、「わたし、うまれるの、やめようっと」と、いいだしました。
でも、ちいちゃんは、まけません。
「そんなの、うそだい。まだうまれたことも、ないくせに!」
「おまえだって、まだ、うまれてないじゃないか。ねえ、みんな、もうそとにでるのはやめようよ。ぼくたち、いっしょう、たまごでいたほうが、あんしんだよ」
「そうだね。このなかにいたなら、おばけも、これないよね」
おおちゃんとちゅうちゃんは、こくこく、うなずきあいました。でも、ちいちゃんだけは、うんと、いいません。
「でも、そとには、おかあさんがいるんだよ!」
ちいちゃんは、たまごのからを、びりびりさせて、いいました。すると、ほかのたまごたちは、きゅうにだまりこみました。
「そうよ、おかあさんがいるんだ。ああ、よかった」
ちゅうちゃんは、ほっとしながら、いいました。ちいちゃんは、とくいになって、えへんと、むねをそらしました。
「ね、うまれたら、おかあさんにあえるんだよ。ああ、ぼく、はやくあいたいなあ。いったい、どんなかんじかなあ、おかあさんて……」
けれど、こんどは、おおちゃんが、いいかえすばんです。
「でも、おかあさんなんて、ほんとはいないかもしれないよ」
それをきいた、ちいちゃんは、たまごのからが、すきとおってしまうかとおもうくらい、まっさおになりました。おおちゃんは、いいました。
「そうさ、ぼくたち、まだいちども、そとにでたことないんだもの。おかあさんが、ほんとにいるかどうかなんて、わかりっこないじゃないか」
「だ、だって、こえがきこえたよ! すごくやさしいこえだったよ!」
「おばけが、だましてるのかも、しれないよ」
「そんなの、うそだ! おかあさんは、いるよ! ぜったいいるよ!」
ちいちゃんは、わめきました。ちゅうちゃんは、おおきなためいきを、つきました。
「わたし、やっぱり、うまれるのやめる」
「そのほうがいいよ、ここは、ぜったいあんしんだもの」
おおちゃんと、ちゅうちゃんは、からをよせあって、ぼそぼそ、ささやきあいました。
ちいちゃんは、すみっこで、くすんくすんと、ないていました。けれど、しばらくして、ふとなきごえが、やみました。そして、なにか、じっとかんがえているふうでした。
「……わかった。そんなにいうんなら、ぼくがさきにうまれて、ほんとうのことを、たしかめてきてやる!」
とつぜん、ちいちゃんは、いいました。でも、ほかのたまごは、なにもこたえません。もうすっかり、うまれるきもちを、なくしていたのです。
ちいちゃんは、なきべそをかきながらも、こつこつと、たまごのからを、たたきはじめました。
こつこつ、くすんくすん。 こつこつ、くすんくすん。
でも、たまごのからは、かたくて、なかなか、われません。
ちいちゃんは、こころぼそくなって、ほかのたまごたちのようすを、うかがいました。
(ぼくも、うまれるの、やめようっと)
そういって、なかまにはいれたら、どんなにらくでしょう。でも、ちいちゃんは、からをたたくのを、やめませんでした。なきべそは、もう、ほんなきになっていましたけど。
こつこつ、こつこつ。
うわーん、うわーん。
こつこつ、こつこつ。
うわーん、うわーん。
……すると、おや?
コツコツ、コツコツ。
どこからか、もうひとつ、たまごをたたく、おとが、きこえます。
ちいちゃんは、いきがとまるかと、おもうくらい、びっくりしました。そとがわからも、だれかが、たまごのからを、たたいているのです。
(おかあさんなの? それとも、おばけ?)
ちいちゃんは、こわいのか、うれしいのか、じぶんでも、よくわからなくなりました。それでも、わんわんなきながら、たまごのからをたたきました。こつこつ、こつこつ、たたきつづけました。
やがて、たまごのからに、ぽちんと、あながあきました。すると、あなのむこうから、まぶしいひかりや、ひんやりしたくうきや、ぱちぱちとみみにはじける、ふしぎなおとが、やってきました。さあ、あと、もうすこしです。ちいちゃんは、むちゅうになって、からだじゅうで、あばれまわりました。
やがて、いきなり、くるんと、てんちが、ひっくりかえって、ひろくて、さむくて、とてもまぶしいところに、ちいちゃんは、とびだしていました。
(ここは、どこ?)
ちいちゃんは、もう、たまごではありません。
「おやおや、いちばんちいさなおまえが、いちばんさきに、うまれたのね」
あたまのうえから、やわらかなこえが、ふってきました。
ちいちゃんは、あたまをもたげて、いっしょうけんめい、めを、みひらきました。
「こんにちは、ぼうや。ずっと、まってたのよ。わたしがおまえの、おかあさん」
はじめてみる、おかあさんは、おおきくて、いいにおいのする、ふわふわの、かたまりでした。そして、うまれたばかりの、ちいちゃんを、やさしく、はねのしたで、あたためてくれました。
ちいちゃんは、ちいさなつばさを、ばたばたさせました。もうびっくりして、うれしくて、どうしていいか、わからなかったのです。
そして、ようやく、こえが、でるようになると、ちーちーと、いいました。
「みんな、おかあさんは、ちゃんといるよ!」
(2005年頃。1994年ちこり初号に発表した作品を絵本用に改稿したもの。)