喫茶店アルファヴィルのアルバイトで、NPO法人なごやかの事務職員でもあるIさんの誕生日を口実に、私たちはまた理事長にねだって老舗の料亭へ行くことになった。
職員たちには平等を心がけているんだけれどなあ、とぼやきながらも、もてなしの手配をする彼はいそいそと嬉しそうだ。
当日、理事長の後ろについて重厚な門構えをこわごわくぐった私たちは、庭を一望できる和室に通された。
本日の主役は床の間の前ね。
笑いながら彼はIさんへ言った。
一品一品丁寧に運ばれてくる会席料理に舌鼓を打ちながら、私は室内をきょろきょろ見回した。
「なんだかすごく立派な天井ですね。」
私の視線の先を見上げた理事長は大きくうなずいた。
「これは網代といって、杉やヒノキなどの片板(へぎいた)を編んだもので、編み方には矢羽編(やばねあみ)、市松編(いちまつあみ)、籠目編(かごめあみ)などがある。
ここはきれいな矢羽だね。
この部屋は茶室を模しているようで、ほら、こちらの天井に段差がついているだろ?
これは下り天井(落天井:おちてんじょう)という様式で、茶室で亭主の座る点前畳(てまえだたみ)の天井を、客座の天井よりも一段低く作る。客に対する亭主の謙譲の気持ち、上座と下座を視覚的に表現しているんだ。
ちなみに、そちらの客座の方の天井は野根板天井(のねいたてんじょう)といって、椹(さわら)や杉を薄く剥いだ長板を竹の垂木(たるき)に載せて仕上げているね。
今こんな天井を作るとしたら、とんでもない費用がかかるだろうよ。」
そんな気がしてきました。それにしても、理事長は何でも知ってるんですね。
彼は苦笑して首を振った。
「たまたまきみが知っていることを尋ねてくれただけだよ。
僕は小さな設計事務所の息子だからね。さしずめ『門前の小僧、習わぬ経を読む』かな。
でも、これからはさりげなく天井を見上げる習慣をつけるといい。本当に立派な建物は天井にも様々な心配りがなされているから。」