このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。
大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。
また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。
1978年9月、ザ・フーのメンバーでロック界最強(狂?)のドラマー、キース・ムーンがオーバードーズで亡くなると、リーダーのギタリスト、ピート・タウンゼンドのもとにはジェネシスのフィル・コリンズはじめ自薦他薦の連絡が押し寄せたが、タウンゼンドが選んだ後任は、ザ・フーがモッズ・バンドとしてデビューした当時のライバルバンド、スモール・フェイシズのケニー・ジョーンズだった。
けれども、ボーカルのロジャー・ダルトリーとの折り合いが悪く、結局バンドは解散、その後何度かバンドは再結成を繰り返すのだが、ジョーンズは呼ばれなくなり、セッション・ドラマーたちも長続きせず、最後に落ち着いたのは、リンゴ・スター(ビートルズ)の息子、ザック・スターキーで、彼は現在もザ・フーとしてのツアーに同行している。
タウンゼンドの人選、彼の納得するメンバー観を考えるとき、涙腺が緩んでくる。
初めて会った日に借りもののドラムキットを壊すほどの演奏を見せたムーン、ライブのエンディングでドラムキットを蹴散らして去って行くムーン、ドラムキットを飛び越えてステージ前まで出てくるムーン以上のドラマーなど、もう、いるはずないのだから。
1978年5月、ムーン最後のスタジオ・ライブ。曲は代表作の「無法の世界」。9分超と長いので、時間のない方は7分30秒あたりからどうぞ。