このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。
大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。
また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。
あれは私が勤務するホームへNさんが入居されて2年目のクリスマスイヴのことでした。
Nさんは脳梗塞のため記憶があいまいになっているのと、時々会話が成り立たないほかはほとんど手がかかることもなく、日中は居室の窓際に座って考え事をしたり、古い雑誌をゆっくりめくって眺めたり、と穏やかな暮らしぶりでした。
なんでも若いころに小さな芸能プロダクションでマネージャーをしていたという噂で、実際、名の知れた歌手やタレントからの大きな小包が時節になるとホームに届くのですが、Nさんはいつもそれらを開封することもなく、私たち職員で分けるように、とそのまま渡してくださいました。
その日の午後、私が外勤から戻ると、同僚から今しがたNさんに珍しく来客があり、一緒にお茶を出してくれないか、と頼まれました。
ノックすると、しばらくして涼しげな女性の声で返事がありました。
ドアを開けてみて、驚きました。
Nさんは床に片膝をついて頭を垂れていました。
来訪者の女性は、その前にすっと立っていました。
私たちには背中向きなので、表情はわかりません。
その光景は、まるで―まるで、中世の老いた騎士と女王のように見えました。
私たちはあわてて部屋を退出しました。
それから小一時間ほどして、来訪者は丁寧な挨拶を残して帰られました。
Nさんは見送ることもなく、そのあと夕食の声掛けにも応えず、居室から出てきませんでした。
翌朝、ベッドに横たわって亡くなっているNさんを、職員が発見しました。
死因は心臓発作でしたが、不思議なことに口元には笑みが浮かんでいて、医師がしきりに首をかしげていました。
室内は、昨日の来訪者が持参した花束のバラがほのかに香っていました。