僕は披露宴のひな壇の上で冷たい敵意を一身に受けていた。
妻は田舎のお嬢様で、男に生まれていれば一族を束ねる役割を担うはずだった。
それだけに、親類の方々は結婚式当日だというのにいまだ一様に納得が行っておらず、上座に座っている妻の元上司らを捕まえては次々抗議している。
それでも盛大な披露宴はプログラム通り進んで行き、本来であればみなお待ちかねの両家のカラオケ巧者によるのど自慢コーナーへと移って行った。
ああ、マズい、両親の時も母の親類が、花嫁花婿がお色直しで留守にした隙に勝手にそれを始めてしまい、常々カラオケもゴルフもロックじゃないからやらない、と言っていた気取り屋の父が相当気分を害した、と聞かされていた。
それがあろうことか、新婦側の一人がそんな父へ挑むようにマイクを差し出しているではないか!
あれ?にこやかに受け取って、端末に番号を入れてるぞ。
なんだろう、この曲は?
「『あの素晴らしい愛をもう一度』よ。」
妻が言った。失恋ソングだけどね。カラカラと笑う。うわー、ゴメン!
若いころから難聴を患っていた父はやはり聞くに堪えないひどい音痴ぶりだったが、不思議なことに会場にいたほとんどの客が一緒に歌い出した。
いつの間にか、これまでのひんやりした空気が霧散している。
そればかりか、歌い終えると割れんばかりの拍手喝さいを受けている。
すると、父は人差し指を一本立てた。
もう一曲歌うというのか。
異例づくめの展開に、口から舌が飛び出しそうになっている僕を、妻は笑顔で眺めている。
「何を歌うのかしら、『花嫁』かな。」
当てた。と言っても、僕自身はこの曲も知らなかったけれど。
会場はさらに盛り上がっている。
きみはあの父の頭の中がわかるのかい?
ふふ、そうかもよ。ううん、北山修つながりで。お義父様、本当にインテリね。
いや、その、きみこそ、いったい、、。
庵野秀明の実写映画初監督作「ラブ&ポップ」(1998年)のエンディング・シーン。
仲間由紀恵(左)の歩き方がふてぶてしい。
あの素晴しい愛をもう一度
作詞:北山 修 作曲・編曲:加藤和彦
命かけてと誓った日から
すてきな想い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度
赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変っていないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度
広い荒野にぽつんといるよで
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変らないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度