電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』を読む

2011年03月29日 06時04分24秒 | -ノンフィクション
車通勤とは異なり電車通勤の時間は、幸いに座れたりすると、読書三昧の時間でもあります。福島第一原発の事故の報道が気になるためか、ノンフィクションに手が伸びます。ここ数日、だいぶ前のベストセラーで角川文庫から発行されている、ジェームズ・スロウィッキー著『「みんなの意見」は案外正しい』を読みました。

本書は、本来は集合知に関する内容なわけですが、その点ではすっかり有名になりましたので、別の角度からの記述に興味を持ちました。それは、チームの構成員の多様性の重要さについての指摘です。

似た者同士の集団だと、それぞれが持ち込む新しい情報がどんどん減ってしまい、お互いから学べることが少なくなる。組織に新しいメンバーを入れることは、その人に経験も能力も欠けていても、より優れた集団を生み出す力になる。その集団にいる古参のメンバー全員が知っていることと、新しいメンバーが知っているわずかなことが重複しないからだ。(中略)新メンバーは、だいたいにおいて前任者ほど知識を持っているわけではない。この効果は、彼がもたらす多様性から生まれる。(p.57)

これは、実によく理解できます。似たような経歴の、似たような専門分野の人だけが集まれば、不得意な分野で判断を誤ることはありえます。いざという時に、「ちょっと待って、しかるべき筋(人)に確かめたほうが良いのでは?」という意見が出せる人の存在は貴重です。

スペースシャトル・コロンビア号の爆発事故の際には、発射の際に耐熱タイルが剥落していることがわかっていました。ところが、帰還を成し遂げたアポロ13号の時とは異なり、その検討はなされず、機体の様子を画像として撮影してほしいという下部チームからのリクエストも却下されます。これら、打ち上げから事故に至るまで、飛行管制チームの様々な問題点を指摘した中で、最も印象に残ったのは、次のようなものでした。

元飛行管制官で、現在NBCの特派員であるジェームズ・オーバーグは、アポロ(13号)チームのほうが実際には(コロンビア号の)MMT(飛行管制チーム)よりも多様だったと発言した。(中略)オーバーグは、アポロチームのエンジニアの多くはNASAに就職する前にいろいろな業界で働いた経験を持っていたことを指摘した。現在、NASAのエンジニアは大抵大学院からすぐNASAに就職する。したがって、NASA内部に多様な意見が存在する可能性ははるかに少ない。これが問題になるのは、小さな集団にとっては意見の多様性だけが、人と人が顔を合わせて議論することのメリットを保証するものだからだ。(p.235)

そういえば、現在進行している福島第一原発の危機管理を担当している役員の方々はどうなのだろうかという疑問が、ふと頭をよぎります。財務や法務、人事管理や広報などの他に、現場や技術がわかっている、同程度のレベルの権限を有する人が入っていたのだろうか。そんなことは地方の一庶民が心配することではないのですが、事業の立ち上げ時期には重要視される技術系の人々が、事業の安定期になると次第に減らされていき、残るのは総務部門や下請け業者という傾向があるような気がして、実際はどうなのか、いささか気になります。

本書の最後に、山形浩生さんが、新時代の常識としての「みんなの意見」という解説を書いています。集合知の単純な礼賛ではない、本書の慎重さを指摘するとともに、専門家の役割は必要以上に軽視すべきではないとします。その理由は、集合知の代表的事例とも言えるGoogleの検索も、実は専門家の知見に大きく頼っているから、だそうです。

おそらく今後重要になるのは、その「みんなの意見」と専門家をどう使い分けるか、という話だろう。これはまだ答えがない分野だ。

そうですね。やっぱり、そのバランスなのでしょう。
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