ケンペルは街道の脇に「美しく着飾った少年」が客を待っていることをスケッチしていたが、少年たちは、旅のオトコたちの相手をさせられたのであり、それが江戸時代の風俗であった、これは、芭蕉の紀行文には出て来ない。
劇作家のつかこうへいは、九州の炭鉱の街にもこういうコトがあり、不衛生な行為によって脳をやられ、廃人になったケースを書いていた。
人々の営みは、決して、きれいごとではなく、生まれてきた子供の多くが「間引き」され、農村では「次男三男飼い殺し」、あるいは「口減らし」のために奉公に出される。
千年二千年のこの列島の歴史からみると、今は、大変に恵まれた時代かもしれない。
E・ケンペルの描写は、見事に、鋭く、あの時代の真実を切り取ってくれた。