The orthodox civilization is the festival politics of Japan

「安藤真の『世界文明の正統は』」の続き、祭政は人間中心を超え物質文明を越える、これを受け継いでいるのが日本の伝統と文化

A song in praise of Meiji-Jinguu

2015-10-06 05:11:47 | 世界経済

To stand sorrow that is equal to the amount of the sea and to pass the troubles that are equal to climb the high mountain , the people who is called Japanese keep and treasure it .
It is the tall trees , the clean leaves and this deep forest . and these trees seem to be fond of human beings , Caucasian , African . Chinese . Korean .

A tall tree says to us ,
Come here !
Come here to take a break !
My clean air will make you healthy .
My clear shadow will make you comfort .
You will be able to return to your job with fresh mind .
When you will be brake down , come here !
We wait for you with the Meiji Emperor .

Japanese cultured this forest for one hundred years , at last they started to whisper and smile to visitors .
The baby in the baby carriage looks happy and his mother happier staring at him .
I do think that we can find the dream of us in that scene .


      明治神宮の詩              
 海のような悲しみに耐え、山のような苦しみを乗り越え、日本人という人間集団の守り通してきたものが、ここにある。

 高い木、光る葉、深い森、そして、ここの樹木は、人間が好きなようだ、どんな人種も受け入れる、白人・黒人・中国人に韓国人・・・木々が語りかける、
  いらっしゃい
  いらっしゃい
  私の新鮮な空気で元気に おなりなさい
  私の木陰で くつろいでくださいね
  元気になって また仕事にがんばってください
  そして 疲れた時には ここにいらっしゃい
  私たちは 明治大帝といっしょに待っていますよ   

 百年の歳月を費やした人工の太古の森が、ささやきかけ、ほほえみかける、ベビーカーのガキンチョが「キャキャ」、それを見ている母親の、なんと幸福そうなことか。

 このシーンにこそ、人類の夢と理想があるのではなかろうか。

マサイ族の第2夫人 終

2015-10-02 20:40:54 | 世界経済
      
 マサイの男の前では街のチンピラが凍りつく、それは、イノチがけの人生を生きている男の迫力で、マサイは代々、アフリカの猛獣と対決してきた、だから、ウソや臆病・ずるいことや女々しさとは無縁、ことばだけのオベンチャラは、これっぽっちもない。

 なんと貴重な記録、この日本の第2夫人は、文化人類学の素養があったのだろうか、これが額面通りなら、すばらしい収穫かもしれない。

 何年か前、人類学の学会に出席したのだが、東大の大学院の女子学生の発表に出くわした、なんでもタイの奥地に出かけて1週間のキャンプ、
 「こんなにクローして 調査したっていうのに なんで評価してくんないのよー」
 「・・・」
 「それは ニッポンが オトコ社会だからでしょー キイーキイー」
 すると、会場のあちらこちらから、
 「そうよ そうよ キイーキイー」
 キイーキイー、サルの会場になっていた、こすっからい大学教授もダメだが、こっちにも救いがないね。

 友人の人類学者と目が合った、
 「ひどいな」

 1週間か2週間のフィールド・ワークでどれだけのことが分かろうか、それに女性という制約がある、イギリスやフランスのチームはの外にキャンプを張って、客観的に観察しデーターを集める、それなりの成果が上がる、だが、隔靴掻痒(かっかそうよう)、もの足りないネ。

 ニッポンのチームはの中に入り、膝を交えてワキアイアイ(和気藹々)、しばらくすると長老が、暗がりのなかをゴソゴソ、
 「これっ うまいぞ」
 「よっ ミツゾウシュ(密造酒)」
 「ひとぎきのわるいことは いわないでください」

 山に調査に出かけたのだが、グズグズ・ノロノロ、まるで役に立たない、すると、
 「センセー イップク やってもいいですか」
 やおら、ブカブカ、そして重い荷物を担いで、急な斜面を、走った走った、
 「まるで 天狗だな」

 この「ブカプカ」は何か、そう、あれっ、現地では何百年に渡って常用し、重労働の時に利用してきた。

 だから、近代の文明が悪用してしまったのかもしれない、いろいろなことに、そういう一面がある、そういう点について、エリートの女子研究員は、一生、気が付くことはないだろう。

マサイ族の第2夫人 3

2015-10-01 05:08:53 | 世界経済

 乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負とは、世間の注目を集め、一気に人生の勝利者になるということ、実際、本を出版し、テレビに出演し、いくつもの会を主催している、マサイ族の第2夫人とは言え、そんなヒマがあるのか。

 世の中にはハラにすわった人がおり、不平ばかり言っているインテリとはちがい、ここイチバンに勝負をかけることを知っている、勝海舟の「氷川清話」の中に、
 「大坂でぬすみをはたらき 江戸にやってきて ほとぼりが冷めたころに大坂にもどる盗人がいた」
 さらに、
 「あの最中に おとこの急所をつぶし 財布を盗むおんなが・・・」

 テレビの番組だけではもったいない内容のように思えたが、これも計算のうちか。

 マサイの男たちのイチバンの関心は牛、一日中、牛のことを考えている、だから、牛とこころを通わせることができるのかもしれない、牛のよろこび、牛のかなしみ、牛の人生・おっと牛生、牛の幸福がマサイの男の幸福であり、青い風にときめき、川の水をいっしょに飲む、日陰の休息は王者のくつろぎ・・・巨大な猛獣が襲う、一本の槍で対決する、
 勇気・勇気・勇気、
 血が、たぎる。
 
 「ブーン」
 ネコパンチのでっかいの、
 あっという間にたたきつけられた。

 二番槍が飛ぶ、
 瀕死のマサイの男に、
 「おまえが イチバンヤリだぞ」
 「ありがとー」

 血のアワが吹き上がる、
 「あの世でも 友だちだぞ」
 「うん うん うん」
 おとことおとこの、かなしい真実。

 この日本人女性は、きっと、dryな男の世界に惹かれたのかもしれない、この地球上から失われていくきっぱりとした男の世界、無口な男が、ひたすら牛を追い、家族を養う。

 21世紀の世界は、それとは、ちがった方向に進んでいるようだ。