ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

外面似大蛇内心如天女~『現在七面』の不思議(その19)

2009-08-15 02:07:50 | 能楽
このようにピッタリと重なる増と般若なのではありますが。。般若は『現在七面』に合うかなあ、と ぬえは考えております。

般若は、能面の中でもかなり完成度の高い面、というか。。何というか、整いすぎているんですよね。なんせ『葵上』にさえ使える面なのですから、『現在七面』には位が高すぎるように思うのです。この曲にはもっと下品な面でないと。。やはりここは「眞蛇」でしょう。

へへ、で、すでに ぬえは師家から当日の公演に使う「眞蛇」と「増」を拝借しておりまして、それはもちろんこの曲に使う面には特別の仕掛けをしておかなければならないからです。これは公演当日に作業を始めても間に合わないために、8月に入ってすぐに師匠に相談して面を拝借させて頂きました。

どうやって面を重ねているかと言いますと、まず内側に着ける面。。顔に直接当たる面。。すなわち天女の面=増なわけですが(あるいは変身後のギャップを狙って小面にする演者もあるようです)、これは普通の場合と同じく「面アテ」と呼ばれる小さなクッションを、普通は面の裏側の額と頬のあたりに、計3カ所貼り付けます。「面アテ」はシテ方であればみんな自作するもので、綿をフェルトなどで包んでクッションを作るのです。これを面の裏に貼り付けることで、面の向く角度を調整したり、また顔に面が張り付かないように、少し浮かせて着けるために使用します。

かつて観世流ではこの「面アテ」を使うのを潔しとしなかったようですね。これは ぬえの先代の師匠(二世・梅若万三郎)から直接伺ったことがあります。「昔は観世流ではアテは使わなかったんだ。使うとしてもこっそりと、隠れてね。。最近じゃみんな堂々と貼り付けているけれど。。」と先代の師匠はおっしゃっておられました。が、ぬえの時代は先代がおっしゃるように面アテをつけるのが普通でしたし、今の ぬえの師匠の奥様から作り方を教わりました。奥様は「もう私、万紀夫さん(=現・師匠)のために コレをいくつ作ったかわからないわ」とおっしゃっておられましたね。

実際のところ、面アテなしで演じるということは、面を掛けたら最後、幕に引いて来るまでの間ずうっと、いつもの稽古の姿勢とは違う、顔に掛けた面が作り出す角度を修正した姿勢のままで舞う、ということです。つまり面を掛けたら誰かに面の向いている角度を聞いて「ちょっとクモってる。。いや、それじゃ照ってる。。そう、いまの姿勢なら真っ直ぐ前を向いている」と言われながら姿勢を直して、以後、最後までずうっとその「真っ直ぐ」の姿勢を基準にして、それから面の角度を変えるための演技をする、ということになり。。それは ぬえにはとても出来ないなあ。。どうしても普段の稽古の姿勢、つまり面を掛けずに真っ直ぐに前を向いている姿勢がクセとなってどうしても現れてくると思うんです。ですから「面アテ」を使うことで、その普段の姿勢で構エていれば、自然と面も前を向くように面の角度を調整するのですね。これを使わないということは、たとえば天井を向いたままの姿勢でずうっと舞い続け、上を見る型があれば、さらにのけ反るようにして面を上に向ける、ということになる。。それでは演技のほかの部分にまで神経を行き渡らせるのは。。ぬえには無理だと思います。。

で『現在七面』。今度は外側に着ける面~大蛇の面~般若(眞蛇)です。こちらの裏には「面アテ」は使いません。顔につけるわけではないのですし、それにまず第一に、この面は下の面とできるだけ密着させておきたいので、それには面アテは厚すぎるのですね。なぜ密着させておきたいかというと、それは外の面が下の面から浮く。。距離が離れるほど、その分視界を確保する目の穴が(演者から見て)小さくなって不利になるからです。できるだけ上下の面は密着させて、視界を確保したいのが偽らざる演者の気持ちでしょう。