ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

伊豆へ!狩野川能へ!

2009-08-28 02:13:22 | 能楽
いよいよ土曜日に「狩野川能」が開催されます!

前日の28日。。もう今日ですね、に ぬえは伊豆に入って、子どもたちの最終稽古をします。『現在七面』があったため、さすがに今年の「狩野川能」は当初の予定より1週間後へずらして頂いたのですが、おかげで子どもたちは夏休みが終わった直後に催しに出演することになってしまいました。

ちょうど夏休みの宿題を追い込みでやっつけた直後だろうから。。まさかみんな、謡や型を忘れてないだろうな~~??(×_×;)

そうして最終稽古の翌日、いよいよ彼らは本番の舞台を勤めます。

昼に会場に集合して午後から最終リハーサル。これはお囃子方も参加して本番の通りに行い、そうしてその2時間後には開演になります。

ああ~みんな悔いがないよう、精一杯やるんだよっ!?
守山の八幡さまも、花火大会の神様も(?)、みいんな見守ってくださっているからね!

そんでもって、ぬえにも『望月』が無事に舞えますように、よろしくお見守りください~(; ;)


外面似大蛇内心如天女~『現在七面』の不思議(その30)

2009-08-28 00:53:45 | 能楽
そして『現在七面』。この曲が『現在~』と呼ばれるからには、ある時期に『幽霊七面』、あるいはそれに相当する演目が同時に存在していたことを意味しているはずで、それが謡曲『七面』(ななおもて)なのです。

いま『未刊謡曲集』から全文を掲出します。(読みやすくするため送り仮名や注記は改変しました)

【七面】

わき次第「松をしるべに法のみち。松をしるべに法のみち。ふかき山路を尋ねん、詞「是は諸国一見の僧にて候。我未甲斐の国身延山に参らず候程に。唯今おもひ立ちて候、
上歌「旅衣。唯仮初に立出でて。唯仮初に立出でて。ひとのこゝろは大井川、いく関々の道すがら。所をとへば由井の浜。いそげばはやく甲斐の国、こまの郡に着きにけり、こまの郡に着きにけり セリフアリアイシライ 「急ぎ候程に是ははや。かひの国駒の郡に着きて候。人を相待ち当山の謂をも尋ねふずるにて候、ツレ「尤もにて候
一声 して下(準サシ)「玉櫛笥弐つも三つもなき法を。たのむばかりに明しくらしつ
わき「いかに申すべき事の候。今の歌をば何と思ひよりて号み給ふぞ、して「実能御不審候物哉。唯一乗の徳によりて。仏果はうたがひなしとなり、わき「扨々女人の御身として。かやうの子細を承るは。かへすがへすも有難ふ候、して「衆罪如霜露恵日の有情と聞く時は。仮令罪科は重くとも。僧会を供養し正しき妙音を唱え、その結縁に引かれつゝ、罪もや安く消えぬべし、仏果菩提にいたらん事。実往来の利益こそ。他をたすくべき力なれ、わき「近頃面白き人に参りあひて候、とてもの事に当山御法事の子細御物語り候得、して「年々会式の法事の中に、児の舞は作り花を色どりかざりかうがひにさす。をわりにはちり花とてかざれる花を散らし。其侭児の髪をそる、下(準サシ)「かやうに申せばいにしへの。またおもはるゝうらめしや、かゝる下歌「うきもつらきも行き通ふ、涙もみちのしるべなる、
地上歌「ふる雪に、笠はなけれど身延やま。笠はなけれど身延やま。けふ旅衣きて見れば。妙なる法の御経を、ちやうもんするぞ有難き。聴衆の眠り覚まさんと。拍子を揃へ児の舞。よしよし思へ世の中は。電光朝露まぼろしと。さとらざるこそ愚かなれ、さとらざるこそ愚かなれ
クリ「それ三界六道の拙き形より。如来十かうの貴き位ににいたらん事。仏教のおきてに。よるべきなり、 
してさし「然るに生死の海を渡り。金の岸に至らん事。一葉の船に乗らんとて、地下「明暮是を歎くといへども。輪廻の浪にたゞよひて、うかひかねたる、人界かな、
曲下「凡人間の。あだなる事を案ずるに、ひとさらにわかき事なし、終には老と成る物を。かほど、はかなきゆめの世。妙なる花の縁、薄きぞあわれなりける
上(ロンギ)「扨そも児の名をとえば。それは名高き人やらん、会式にかざる作り花、して「桔梗かるかやをみなめし。くねるこゝろにあらねども、乱れて咲くや玉椿、同「その、いにしへの児の舞。見しよりこゝろみだれがみの。いひ伝へ聞きたまへ。われは寔は七面に。住む身ぞと云ひ捨てて、かきけすやうに失せにけり、かきけすやうに失せにけり(中入)
わき「かゝるふしぎなる事こそ候はね。是につきおもひ合はする事の候。偖も薩埵日蓮上人。此身延山に移らせ給ふ。頃は文永十一年卯月とかや申し候。此山はまことの霊山にもおとるまじ。爰に庵室をむすび。最第一の法華経を御読誦有るべしと宣ふ。妙法花経のたつとさよ。夜な夜な此所へ山神来つて陸地になし。安々と安置し給ふ。また御経御読誦の折節に。何国とも知らぬ女性。毎日おこたらず来り御経聴聞あり。諸人是を不審をなせり。又いつもの如く彼女性。高座近く来り給ひしを。大上人のたまわく。けふは御身の誠のすがたをあらはしおわしませと有りしかば。其時面色かわり。仏前なる花びんの水を便として。目前に大蛇と成る。天地もひゞき震動す。聴衆驚きさわぎ。なをなを大上人を貴しと礼拝し奉り申すとかや。寔に法華経の功力の有難ふ候ぞ。十二の角うろこ即時に落ちて。成仏とくだつの身と成り給ふ。さて落ちたる角鱗をとり炭灰にし。絵の具に入れ末世のしやうこのためにとて。絵師其形地を写しをく。今の七面の明神の子細是也。なんぼうきどくなる物語にて候ぞ。まづまづ七面の明神へ参詣申さばやとおもひ候。つれ「尤もにて候
ワキ上「はや明方の鐘のをと。はや明方の鐘のをと。教へのつげをまたんとて。袖をかたしき山居して、なをなを御経読誦する、なをなを御経読誦する
一声太鼓 後して(サシ)「有がたやあふ事かたきうどん花の。花まちえたる法の機縁。未顕真実の方便。成仏のまことあらわれて、上同「正直捨方便無上の道にいたらん事。うたがひさらになき物を、して上「今は何をか包むべき。われ此山に住み馴れて。五濁の罪にまとわれ。苦しみおほき身なりしを、上行ぼさつ日蓮の。此山上へ来りたまひ。妙なる御法をうけ悦び、同上(ノル)「今は成仏、得脱の。身と成る事ぞ、有難き 舞五段
同上(ノル)「実有難き、御法のみち。実有難き、御法のみち。末くらからぬ、灯の。ながき闇路を、照らしつゝ。三つのきづなも、ことごとく、皆成仏の、縁となり。仏法いまに、繁じやうの霊地、仏法いまに、繁昌の霊地。此妙経の、徳用なり

この『七面』は江戸時代の前期の観世流謡本があるほか、ワキ方や囃子方の伝書も多く残る、能としてれっきとして上演された曲です(古い謡本の中には、能として上演されなかった曲や、そもそも座興や趣味のような意味合いで謡うことだけを目的に作られた曲もたくさんある)。しかし著者・穂高光晴(田中允)師の指摘のようにこの『七面』はさまざまな古曲の一部の文句を焼き直して取り入れた部分も多く、『現在七面』と比べるべくもなく、お世辞にも名作とは言えない曲ですね~。そのうえこの曲の後シテは最初から天女。。というか『海士』のような龍女の姿で登場して簡潔に舞を舞って終曲する淡泊さで、やや物足りない感じもします。ただ、『現在七面』の後シテが大蛇の姿で登場して物着をする重厚さのあとにさらに重厚な「神楽」を舞うのと比べると、現代の上演では『現在七面』でも物着のあとにはこれぐらいの軽やかさが似合うようにも ぬえには感じられました。

『七面』は成立時期が不明確で、同じく上演記録から考えて江戸時代の新作である『現在七面』とあい前後して成立した曲であろう、という程度の推測しか成り立たず、この2曲は成立事情については何かと問題の多い曲ではあります。おそらく江戸時代初期の頃に法華宗の大きな勃興のようなことがあって、その時期にこの2曲とも法華宗に近いところで作られ、そして法華経や日蓮を信奉する人々が観客の多くであるような場所で上演される事を想定して作詞されたのではないかな、と ぬえは考えています。