<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

日本ラグビー負け知らず

2019年10月05日 21時34分40秒 | Weblog
日本ラグビー負け知らず。サモア戦を圧勝した。強いなあ。安心して見ていられた。Bリーグ一位で、次のリーグ戦進出が見えて来た。
今夜はさぞかし日本列島が沸きに沸いただろう。
男子バレーはアメリカ戦に負けてしまったよ。残念だなあ。
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客人に、庖丁を研いでもらった

2019年10月05日 17時15分13秒 | Weblog
さっきまで客人。白玉団子をお土産にもらった。お茶を啜りつつ、台所のテーブルに坐って、おしゃべりをした。ここが椅子に座って話せるから、楽。お座敷は畳だから、坐ってないといけない。長くはもたない。梨を剥いてさしあげたら、おいしいおいしいと食べていただいた。冷蔵庫で冷えていたからかな。切れなくなった我が家の庖丁3丁を研いでもらった。研ぎ石持参で来てもらってたから。気さくな方で、助かる助かる。客人は、このところ包丁研ぎに目覚めたらしい。
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客人に、庖丁を研いでもらった

2019年10月05日 17時15分13秒 | Weblog
さっきまで客人。白玉団子をお土産にもらった。お茶を啜りつつ、台所のテーブルに坐って、おしゃべりをした。ここが椅子に座って話せるから、楽。お座敷は畳だから、坐ってないといけない。長くはもたない。梨を剥いてさしあげたら、おいしいおいしいと食べていただいた。冷蔵庫で冷えていたからかな。切れなくなった我が家の庖丁3丁を研いでもらった。研ぎ石持参で来てもらってたから。気さくな方で、助かる助かる。客人は、このところ包丁研ぎに目覚めたらしい。
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そんなもん、すぐ忘れたらいいのにね

2019年10月05日 16時59分17秒 | Weblog
涼しい夕暮れが来ている。というのに僕は労働意欲が欠如したままだ。さっき外に出ていた。20分ほど畑の周囲をうろうろして、結局はそこに居着かずに立ち戻ってきた。怠け者している。朝の新聞、文芸欄投稿作品、オール落選がっかりがまだ持続しているみたい。そんなもんすぐ忘れたらいいのにね。しぶとい。
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なんでも、とろりとろりっていいなあ

2019年10月05日 14時07分17秒 | Weblog
お昼寝をするかな、そろそろ。怠け者にはお昼寝が似合う。
あ、そうだった。僕のベッドの布団は干してあった。シーツも枕カバーも洗ってあった。ベッドでは寝られないよ。
じゃ、座椅子に座ったままで。
僕の母は眠るのが上手だった。3分眠るといって3分眠れた。息子の僕はそうはいかない。イントロダクションから数えて30分は掛かってしまう。
でも、とろりとろりはいい気持ち。
なんでも、とろりとろりっていいなあ。
家庭料理にもそんなのがあったなあ。片栗粉をとかした料理が。
どうか死ぬ時もとろりとろりでありますように!
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今夜はラグビーのサモア戦を観戦しようか、それとも

2019年10月05日 14時02分28秒 | Weblog
今夜はラクビーのサモア戦を観戦しようか。それとも男子バレーのアメリカ戦を応援しようか。さあどっちにしよう。ううううん、ううううん。お悩みの家族も多かろう。どっちも強くなったなあ。日本選手は活躍するなあ。大阪なおみ選手のテニスも昨日ベスト4入りを果たした。元気をもらった。
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いいじゃないか、それで釣り合っているのだから

2019年10月05日 13時52分30秒 | Weblog
こんなよい月を一人で見ている   尾崎放哉
5・7・4の字数。自由律俳句。月は一年中夜空に出ているが、秋の季語だろう。
じゃ、二人で見ていたいのか。三人四人五人で見ていたいのか。
いや、そう願ったところで、そうはなるまい。
著者尾崎放哉は一人が好きなんだから。
というよりか、人に交じって、其の中で、本領発揮するなんてことがとことん苦手なんだから。
一人だったからこの句が作れたのだのだから。
明るい月が己という一人を照らしてくれているだけで、しっとり安らげたのだろう。
いいじゃないか、天空の月と互角に一人で相対しているのだ。それで釣り合っているのだ。調和がとれているのだ。


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夕日のときにおんな眼を閉づ

2019年10月05日 13時44分07秒 | Weblog
酔うているおんなが灯る酔芙蓉 夕日のときにおんな目を閉づ    薬王華蔵
落選落選落選。落選が途方もなく続く。これもその一つ。ごめんなさい。ろくでもないものをここに引っ提げてきて。
酔芙蓉に、昼日中から酔ったおんなの人が、宿をとっている。夕日が赤く落ちて来た。酔芙蓉の中の女性が、耐えかねたのだろう、眼を閉じてすういと眠ってしまった。
僕は僕の感性しか道具に出来ない。残念ながら、それでは世間様にはちっとも適合しないようだ。

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死後から歓喜のドラマがスタートする

2019年10月05日 12時13分27秒 | Weblog
死んでからがドラマの始まりである。本格的なドラマが始まって行くのである。わくわくわくわくするドラマが繰り広げられて行く。

われわれは途方もなく長い長いスパンで生きて活動して行くのである。

「東方偈」 初めの4句    大無量寿経下の巻より

東方諸仏国  東方の諸々の仏の国の
其数如恒沙  其の数は恒沙の如し
彼土菩薩衆  彼の土の菩薩衆は
往観無量覚  往きて無量覚をば観たてまつりき

「恒沙(ごうしゃ)」は「恒河沙(ごうがしゃ)」の短縮形。ガンジス川を指す。
「無量覚」は無量の覚りを開かれた無量寿・無量光如来、すなわち阿弥陀如来を指している。
「彼土」(=彼の土)とは、したがって、極樂浄土のことである。「土」は国土を指す。
「菩薩衆」とは、極樂浄土に往生したすべての人たちのことであろう。「菩提薩埵」の短縮形。梵語ではボデイサットバー。本来は、覚りの智慧を求めて大乗仏教の修行をする修行者を言う。

東方の宇宙に仏の国がある。無数にある。その国の数は、たとえて言えばガンジス川の砂の数ほどもある。みなみな、悟りを開いて仏に成った如来たちが建国した理想の国土である。その国々に迎えられた菩薩衆もまた、西方の極楽浄土に遊んで、阿弥陀仏に出遭ったのであった。

宇宙の東西南北上下四方八方に仏の国=仏国土がある。無数の仏国土がある。夜空に眺める星々のようにそれがみな光を放って輝き渡っている。そこへ往く。死んだ者は皆そこへ往く。其処へ往って生まれる。生まれてまずはじめに菩薩となる。そしてみな成仏して、あたらしい仏国土を建設する。なので、宇宙は限りなく広がって行く。そこを旅して回る。それぞれの覚りを開いた仏たちに出遭って行くのだ。その度ごとに新しい発見をしていくのだ。新しい感動に打ち震えて行くのだ。

死んでからがドラマの始まりである。死ぬまでだと思っていたのが、死んでからが本格的なスタートだということが領下されて行く。わくわくで始まって、そのわくわくわくわくが無限に連続して行く。

インスピレイションで僕は書いているから、この4行の偈を解釈する仏教学者の説と違っているかも知れない。これは喩えて言えば、菩薩がする瞑想裡の天眼通のような神通力の所作に近いが、僕の場合はほとんど確証はない。

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僕の今日の即興詩 「赤い曼珠沙華」

2019年10月05日 11時30分07秒 | Weblog
「赤い曼珠沙華」

いいんですよ
いいんですよ
僕はそう言います
僕は耐えてみせますからって
強がりを言います
声にならない声で
そして角を曲がってから
がっくり肩を落とします
どうしよう
どうしようかと思います
そんなに強くはないのです
でも相手も
困っている風なのです
ここでは僕が
引き下がるのがいいのです
そこだけは分かっているのです
僕が泣いた方がいいのです
泣ける力は
残っているはずなのです
いや
僕は
抗議が嫌いなのです
わたしの正しさを主張するのが
どうも下手なのです
というよりか
押して行くだけの力に乏しい
情けないけどそういう自分を
よく知っているのです
いいんですよ
いいんですよ
引き下がって来て
今日は赤い赤い曼珠沙華の
秋の畦道に僕は来ています
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