いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

<現役ミュージシャン> 意外な年齢のミュージシャンたち-元祖 御三家

2021-02-02 10:07:21 | MUSIC

 元祖 御三家と云えば「橋幸夫」「舟木一夫」「西郷輝彦」である。

 「橋幸夫」は既に紹介したが、1つ年下-76歳の「舟木一夫」そして4つ年下-73歳の「西郷輝彦」とも現役である。

 

 「舟木一夫」

  1944年12月12日生まれの76歳。

 1960年代に「高校三年生」「銭形平次」などヒット曲が生まれる。

 「西郷輝彦」

  1947年2月5日生まれの73歳。

 同じく1960年代に「君だけを」「星のフラメンコ」などヒット曲が生まれる。

 

 現在も「元祖 御三家」とも舞台で歌や役者として活躍中。

 

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<日本酒> 福島 田島/会津酒造

2021-02-02 10:02:39 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(仙台国税局)】
 〈福島〉 田島/会津酒造

 福島県の南西部

 栃木県境に近い旧田島町で元禄年間に創業した古くからの酒蔵です。

 江戸時代からの土蔵は、一年を通じて温度差がなく長期低温発酵には最適な環境であります。

 

 水は、地下40mからくみ上げた超軟水を使用しておりやわらかく丸いきれいなお酒が特徴です。

 地域の自然環境の特色を活かしながら最新の技術と約330年の伝統を守りながら、酒造りを行っております。

 どうぞ、ご賞味ください。

 

 会津酒造株式会社 福島県南会津郡南会津町永田字穴沢603番地

 ブランド一覧

 「田島」大吟醸

 「会津」純米大吟醸・純米吟醸・純米酒・純米活性

 「凛」原酒 など

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<地理的表示(GI)保護制度> 登録番号 39. 紀州金山寺味噌

2021-02-02 09:05:51 | 食品

 登録番号 第39号 紀州金山寺味噌

 特定農林水産物等の区分 第27類 調味料及びスープ類 その他味噌(醸造嘗め味噌)

 特定農林水産物等の生産地 和歌山県

 登録生産者団体 紀州味噌工業協同組合

 特定農林水産物等の特性 和歌山県内で伝統製法により生産されている食べる味噌。野菜を麹と一緒に仕込み、発酵・熟成させているため、麹と野菜の味とが溶け合い、味がまろやかである。また、粒が残った状態でも柔らかな食感である。

 地域との結び付き 金山寺味噌は鎌倉時代に中国の径山寺から和歌山県に持ち帰られた味噌の製法を起源とする説が有力であり、和歌山県が金山寺味噌発祥の地とされている。1948年頃に、現在の製法が確立し、その後、確立した製法により和歌山県内で継続して生産されている。

*https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/i39.html より

 

 「紀州金山寺味噌」は、一般的な味噌のように調味料として使用する食材ではなく、主としてそのまま食べる食材です。和歌山県では、昔ながらの製法を守り生産が続けられています。
 「紀州金山寺味噌」は、麹(1)と野菜を一緒に仕込み、発酵・熟成し製造されます。製品は具材の混ざり具合に応じて様々な食感や食味が得られます。また、麹の粒が残った状態でも柔らかな食感を楽しめることも特徴です。

 日本国内に流通する一般的な「金山寺味噌」は、麹の原料として大豆や小麦を使用し、具材として瓜、茄子、生姜を用いて製造します。一方、「紀州金山寺味噌」は、麹を原料として、大豆、裸麦、米の3種類の全てを使用し、具材として瓜、茄子、生姜、紫蘇の全てを用いて製造するといった違いがあります。
 生産方法は、まず、洗浄、浸漬をした米、裸麦、大豆を蒸し、冷却後に種麹をまぶして麹を作ります。次に、麹と具材と食塩および砂糖を混合し、仕込みを行い、発酵、熟成させます。
 「紀州金山寺味噌」の出荷規格は、粒が残った状態であり、全体的に卵色から褐色の茶系色を有するものであること、また、10年以上金山寺味噌の生産に従事した者が、出荷前に、香り、味、食感等について官能検査を行うこととしています。

 「紀州金山寺味噌」の起源は鎌倉時代(2)、宋での修行から帰国した僧(覚心)(3)により、現在の和歌山県湯浅地方、御坊地方などに製法が伝えられたとされています。地域に伝えられた「紀州金山寺味噌」は、民衆の保存食として広まり、その後、紀州地域(4)を領した領主等の産業奨励政策によって紀州の他地域にも広まっていきました。
 現在の製法に近似する工業的な製法は、1615年に完成されたとされ、当時、幕府が開かれていた江戸(現在の東京)(5)でも、紀州名物として販売されていました。
 以来、和歌山市、湯浅町、御坊市を中心とする和歌山県内でその製法による生産が継続されており、「紀州金山寺味噌」の名称で販売されています。

 1951年には、和歌山県内の味噌生産者らにより、紀州味噌工業協同組合が設立され、「紀州金山寺味噌」の名称を使用するための規定を策定しブランドの保護が図られています。

 1)麹:米、麦、大豆などの穀物に、食品発酵に有効なコウジカビを中心にした微生物を繁殖させたものです。コウジカビが産生した各種分解酵素の作用を利用して、日本酒、味噌、漬物、醤油、など多くの発酵食品が製造されています。
 2)鎌倉時代:1185年~1333年。日本の時代区分の一つで、鎌倉に幕府が置かれていた時代を指します。鎌倉時代から江戸時代(1867年)まで、日本では武家政権による統治(封建政治)が行われました。
 3)宋での修行から帰国した僧:日本では、7世紀以降、仏教、先進的な文化や技術を学ぶため、多くの僧が大陸(当時の「隋」や「唐」など)に派遣されました。
 4)紀州地域:1873年以前、日本では地域の基本的な単位を国と呼称していました。紀州(の国)は現在の和歌山県の当時の呼称です。
 5)江戸(江戸時代):1603年~1867年。日本の時代区分の一つで、江戸(現在の東京)に幕府が置かれていた時代を指します。徳川家康を初代将軍とし以後徳川将軍家を中心とした藩政政治が行われました。

*https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/39.html より

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<漢字検定> 準1級 四字熟語 29.回答 30.出題

2021-02-02 08:57:38 | 漢字検定

 前回の回答

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 


 問1 鬱鬱葱葱-うつうつそうそう-樹木がうっそうと茂るさま。また、気の盛んに立ちのぼり、満ちるさま。

 


 問2 廓然大悟-かくねんたいご-疑いの心が晴れて確信すること。

 


 問3 朝秦暮楚-ちょうしんぼそ-ふらふらして住所が定まらず、流浪するたとえ。朝には中国の西部にある秦にいて、暮れには南部にある楚にいるということから。また、朝には秦国に頼り、暮れには楚国に頼るという、主義・主張が一定でないたとえの意味に使われることもある。▽「暮楚朝秦」ともいう。

 


 問4 河図洛書-かとらくしょ-中国古代伝説上の図や文字の「河図」「洛書」。▽「河図」は伏羲の世に、黄河から現れた竜馬の背のうず巻いた毛の形を写したという図のこと。易えきの八卦はっかの基になったとされる。「洛書」は夏の禹王が洪水を治めたとき、洛水という川から現れた神亀の背の文字を写したとされる図。『書経』洪範篇のもとになったとされる。転じて、得ることが難しい図書のたとえともなる。「河」は黄河、「洛」は洛水という川。

 


 問5 玄圃積玉-げんぽせきぎょく-美しい文章のたとえ。「玄圃」は中国の霊山、崑崙山の仙人が住んでいるとされているところ。「積玉」は積み重なっている宝石。たくさんの宝石のように美しいという意味から。

 

 今回の出題

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 

 問1 雲濤煙浪  

 

 問2 開門揖盗  

 

 問3 不失正鵠  

 

 問4 苛政猛虎  

 

 問5 玄裳縞衣

 


 *漢字検定Web問題集 HP より

 *goo辞書・四字熟語辞典ONLINE より

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<経産大臣指定伝統的工芸品> 山形 山形鋳物

2021-02-02 08:42:23 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「山形鋳物」

 産地 

 山形県 山形市

 歴史
 およそ900年前平安時代の康平年間に、乱平定のため源頼義が山形地方を転戦し、その時従軍した鋳物師が山形市内を流れる川の砂と付近の土質が鋳物に最適であることを発見、何人かが留まり、これが山形鋳物の始まりと言われております。
 12代目の最上義光が、慶長年間ご城下の再編成を行い火を扱う町づくりをしたのが、鋳物産地としての基礎をつくり日本における工業団地の始まりとも言われております。
 元和元年(1615年)、京都などの先進地を視察し山形ブロンズ鋳物の技術が確立され、その後数十年で梵鐘や灯籠など製作されるまで、飛躍的に発展しました。
 特徴
 山形鋳物は機械鋳物と工芸鋳物に大別されますが、工芸鋳物は鉄製のものと銅合金(ブロンズ)のものとがあります。
 伝統に磨かれた独特の鋳型作り、文様押し、肌打ち、漆仕上げ等伝統的技法により薄物で繊細な肌と形の正確さが特徴です。

*https://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/item/yamagata_01.htm より

*https://kougeihin.jp/craft/0702/ より

 みちのくの伝統工芸山形鋳物は、みちのくの反乱から生まれた。

  いまからおよそ九百年前、平安時代の康平年間に、安倍貞任・宗任の 乱平定のため源頼義が山形地方を転戦した。その時従軍した鋳物師が、山形市内を流れる馬見ヶ崎川の砂と千歳公園付近の土質が鋳物に最適 であることをたまたま発見。 何人かがこの地に留まり、これが山形鋳 物の始まりとなった。

  その後の延文元年(1356)斯波兼頼が山形に入部 し、霞が城を築城。その際、兼頼から鋳物御用を申し付けられた鋳物 師九名が鋳物製品を献納したと伝えられている。


 山形鋳物の特色    
 1. 900年の古い伝統技術即ち鋳肌の美しい寸法形状の正確な薄肉、小物の製造技術が優秀である。それに近代的技術を導入し、他産地に先がけて技術開発した高級鋳鉄を生産している。
 2. 近代的技術開発と併せて設備の近代化は一段と進められ、他産 地と比較しても優秀な近代的合理化設備が導入されている。
 3. 品質の優秀な上に鋳鉄鋳物から軽合金鋳物・銅合金鋳物と種々の業種があり、中でも機械部品鋳物、日用品鋳物、工芸品鋳物等の各品種の製品が同一地区内に於て生産される等は他産地に見られない特色となっている。

 鉄鋳物の特長

  鉄鋳物は炭素を多く含み細かい粒になって鉄の表面に出ており、これが油とよくなじむので油が表面に均一に広がり肉や野菜などの焦げつきを少なくする。鉄鋳物の適度な厚みは、普通の薄い鉄板と違い局部的な過熱がなく焦げつきがない。

  又、肉や野菜等をのせても温度が下がらず、熱を均一に伝えてくれるのでおいしい料理が出来る。鉄器の効用鉄分は(特に)現代女性に不可欠とされているので食品からの補給は勿論鉄器からの鉄分補給も見のがせない。貧血防止にもなる。  

 工芸鋳物から機械鋳物へ

   「銅町」という全国でも珍しい町名のある山形市。この名の由来は 兼頼から数えて十二代目の最上義光までさかのぼる。

  慶長年間、山形 領主となった義光はご城下の再編成を行ない、鋳物師十七人を鍛治町から隣の町に移し銅町と命名。火を扱う町だけを並べる町づくりをし鋳物産地としての基礎がつくられた。日本における工業団地のはしりと言える。当時の山形の町は、修験道で知られた出羽三山神社の霊験への参詣人が一夏一万人にも及ぶ賑やかな門前町であり、みやげとして求める山形鋳物の仏具、日用品もおびただしい数にのぼった。

  こう して山形鋳物の名声は全国へ広まり、その後、足踏式の「たたら」の考案により山形唐金鋳物(ブロンズ)の技術が確立され梵鐘や灯籠などが鋳造されるようになり、銅町は一大鋳物産地として発展していき時代の流れとともに、機械鋳物も生産されるようになる。

  機械鋳物は終戦後の物資不足を契機として、織機、農機具、鉱山用機械刃物など多くの点数が製造されるようになり、さらにミシン産業の隆盛に伴いミシン鋳物が急激に成長。

  その後も工作機械部品、自動車部品、電機部品等が生産され、売上高も年々増大。いまでは山形鋳物全体の八十パーセント以上にのぼる。

  銅町の誕生から、約四百年の歴史が流れ、敷地の狭隘化と施設の老朽化が進行。労働環境の悪化、作業の省力化、近代化もままならない状況となり、昭和四十八年、日本初の一業種専用工業団地となる山形鋳物工業団地へ工場の集団移転をし「鋳物町」と命名。他産地に比べ設備もいっそう近代化され、昭和五十年には伝統的工芸品として指定を受けるなど、山形鋳物の一千年の歴史にむけ大きく歩みだした。現在は、工芸鋳物、機械鋳物ともに順調に発展。

 7企業が公害のない工場として操業している。

 *https://www.chuokai-yamagata.or.jp/imono/imono.html  より

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