『博多祇園山笠延期のお知らせ 令和3年度』
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から山笠行事の実施に当たって長期に渡って協議した結果、2021年4月20日の博多祇園山笠振興会総会において決議いたしました。決議事項は以下の通り。
①本年の舁き山行事遂行を断念し来年夏まで延期する。舁山、飾り山の一年毎に繰り上げている順番は来年に据え置く。
②飾り山は振興会の感染防止マニュアルに沿って2021年7月1日~15日未明まで飾る。(中洲流、千代流の飾り山を除く)
『博多祇園山笠延期のお知らせ 令和3年度』
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から山笠行事の実施に当たって長期に渡って協議した結果、2021年4月20日の博多祇園山笠振興会総会において決議いたしました。決議事項は以下の通り。
①本年の舁き山行事遂行を断念し来年夏まで延期する。舁山、飾り山の一年毎に繰り上げている順番は来年に据え置く。
②飾り山は振興会の感染防止マニュアルに沿って2021年7月1日~15日未明まで飾る。(中洲流、千代流の飾り山を除く)
「UCアルビオン」
UCアルビオン(四季成りいちご)
「アルビオン」という四季成りいちごが売られていたので購入してみました。調べてみると、カリフォルニア大学が育成したいちごで、2010年に「ユーシーアルビオン」として品種登録されていました。果実が大きくてかたく、果皮も果肉も鮮やかな紅色なのが特徴。適度な甘味と酸味があり、香りがよいいちごだそうです。
今回入手したアルビオンは、大きなものは1粒が28gほどあり、果肉がしっかりしていました。先端の糖度は9~11度とあまり高くはありませんでしたが、ほどよい酸味があり、甘酸っぱい味わい。特有の風味が感じられ、少しねっとりとした食感でした。
ただ、生食よりは加工に向いている感じだったので、色鮮やかさを生かしてジャムを作ることに。カットすると中央には少し空洞が見られますが、真っ赤できれいです。砂糖を加えて弱火で煮て、レモン汁を加えれば完成。濃厚でおいしいイチゴジャムに仕上がりました。
ちなみに四季成りいちごとは、春から夏・秋にかけて長期間収穫できるいちごのこと。一般的ないちごに比べると品質は少し落ちるものの、品薄の時期に出荷できるため需要があり、食味も改良によって年々向上しています。
登録日:2018年6月3日
*https://www.kudamononavi.com/blogs/archive/659 より
「夏嵐」
「夏嵐」とは、夏に吹く南風(または南東から吹く風のこと)。
嵐というと暴風雨をイメージしますが、「夏嵐」は雨が降っているわけではありません。
*https://haiku-textbook.com/natsuarashi/#i-2 より
【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(福岡国税局)】
〈福岡〉 山の壽/山の壽酒造
山の壽の造り
経営理念
独創的で質の高いお酒の提供
「美味しい」では足りない、「すごく美味しい」酒をつくる
楽な道より挑戦する道を選ぶ
「感性を刺激する酒」
文政元年(1818年)創業。
耳納連山の麓、悠々と流れる筑後川のほとりで二百有余年酒造りを続けて来ました。
山の壽酒造は従来の杜氏制からティール型組織へと代わり、チームで感性を刺激する酒をテーマに酒造りを続けています。
長い歴史の中で培われてきた知識や技術をもとに、新しい視点での酒造りを進めています。
古き良き物事と新しい知恵や技術が出会う、創造的な日本酒を感じて下さい。
山の壽酒造 株式会社 福岡県久留米市北野町乙丸一・二合併番地
ラインナップ
「山の壽」特別純米酒・THE KAN 辛口・純米 山田錦 宗像日本酒プロジェクト など
「ヤマノコトブキ」フリークス2
「関口なす」
【生産地】湯沢市
【特徴】たくさんの実をつけ、色、形、食感が抜群で漬け物に適する。
【食味】皮はやや堅め、果肉は締まっていて、わずかに苦みがあり、ヘタの下が真っ白なのが特徴。ふかし漬け、だしポン酢浸しなどで食す。
【来歴】江戸時代から湯沢市関口地区を中心に栽培される丸ナス。
【時期】7月~10月
*https://tradveggie.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E9%87%8E%E8%8F%9C%E3%83%BC%E7%A7%8B%E7%94%B0/#i-31 より
皆様 こんにちは
この度、ベジフルサポーターとして活動させていただく事となりました最上美貴子と申します。秋田県から「地元のうまいもん」情報を発信させていただきますので、よろしくお願い致します。秋田県は在来作物が数多く残っており、3つの項目を満たした30品目を「秋田の伝統野菜」としています。
①昭和30年代以前から県内で栽培されているもの。
②地名や人名がついているなど秋田に由来しているもの。
③現在も種や苗があって生産物が手に入るもの。
今回は、その中の1つ「関口なす」についてご紹介します。湯沢市関口地区で古くから栽培され、江戸時代の文献にも記載されている歴史のあるなすです。
*写真省略
写真で見るとわかりますが、ヘタの境目がくっきり白いのが特徴です。キリリとして美しいと思いませんか?直径4~5㎝程の卵型で皮が薄く、実が締まっています。パリッと食感が良く、甘みがあるので、漬け物にピッタリ。この地区では、自家製のおいしいなす漬けの為に関口なすを作り続けている・・・と言ってもいい位、各家庭の食卓にはおいしいなす漬けがあります。生産者の西村さんにお邪魔した際、奥様お手製のなす漬けをごちそうになりました。ハウスの中で、ビールケースを椅子とテーブルにして・・・雰囲気サイコーです。
*写真省略
こちらが、ごはんと漬けた甘みのあるなす漬け。
*写真省略
そして、シンプルな塩漬け。
どちらも白いご飯に合う、とびきりウマい一品。西村さんの奥様は看護師さん・・・という事で・・・「おらえの かっちゃは ナースだから なす漬け うめんだ」(秋田弁→標準語に通訳)「私の家の お母さんは ナースだから なす漬けが おいしいです。」・・・なんて、面白いトークも交え、説明していただきました。
関口なすは、9~10月が一番おいしい「秋なす」のシーズンです。この時期、地元の産直のお店では、お母さんたちご自慢のなす漬けが販売されています。秋田にいらしたら、是非食べていただきたいです。
*https://www.matuno.co.jp/vegeful/category/journal02/12256.html より
前回の回答
次の四字熟語の読み方を答えてください。
※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。
問1 兵馬倥偬 -へいばこうそう-戦乱であわただしいさま。▽「兵馬」は兵器と軍馬。転じて、戦争のこと。「倥偬」は忙しいさま。また、苦しむさま。
問2 不羈奔放 -ふきほんぽう-何ものにも拘束されず、思いどおりに振る舞うこと。また、そのさま。▽「羈」はつなぐ意。「不羈」は束縛を受けず自由なこと。「奔放不羈ほんぽうふき」ともいう。
問3 関関雎鳩 -かんかんしょきゅう-夫婦の仲がよいこと。
「関関」は鳥がむつまじく鳴く声のたとえ。
「雎鳩」は水鳥のみさごの別名。
みさごのつがいが、仲良く和らいで鳴き交わしているということから。
問4 按図索驥 -あんずさくき-実際には役に立たない意見ややり方のたとえ。
名馬を絵や書物の知識だけで見つけようとする意から。
「図を按(あん)じて驥(き)を索(もと)む」とも読む。
問5 厭聞飫聴 -えんぶんよちょう(えんぶんよてい)-何度も聞きすぎて飽きること。
「厭」と「飫」はどちらも飽きるという意味。
「聞」と「聴」はどちらも聞くという意味。
今回の出題
次の四字熟語の読み方を答えてください。
※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。
問1 顔厚忸怩
問2 斟酌折衷
問3 洗垢索瘢
問4 雕文刻鏤
問5 旁時掣肘
*漢字検定Web問題集 HP より
*goo辞書・四字熟語辞典オンライン より
「奈良筆」
Description / 特徴・産地
奈良筆とは?
奈良筆(ならふで)は、奈良県奈良市・大和郡山市周辺で作られている筆です。奈良は筆作りの発祥の地と言われています。現存する日本最古の筆は、聖武天皇の御物(ごもつ)である17点の「天平筆(てんぴょうひつ)で、正倉院に保管されています。
奈良筆の特徴は、十数種類の動物の毛を原料とし、弾力や長さなど異なる毛質を巧みに組み合わせる「練り混ぜ法(ねりまぜほう)」という伝統的な技法で作り上げていることです。
原料に使用される動物の毛は、リス、ムササビ、イタチ、タヌキ、ヒツジ、ウマ、シカ、ウサギなどです。獣毛は種類だけでなく、一頭一頭の毛質の個体差、使用する部位や採取の時期などによっても、仕上がりの筆の質に影響を与えます。筆匠(ひっしょう)たちは、毛の特質を読んで修整を繰り返しながら、千差万別の毛質によって偏りが出ないように何度も練り混ぜて一本の筆に仕上げていきます。
「練り混ぜ法」は原料となる獣毛を別々に水に浸して固め、原料の特長によって配分や寸法を決めて練り混ぜる技法で、絶妙な穂先に仕上がります。
History / 歴史
筆の歴史は古く、約2300年前の中国で、将軍が秦の始皇帝に獣毛の筆を献上したのが始まりと言われています。中国から日本に筆が伝わったのは飛鳥時代初期で、中国の文化とともに中国製の筆が多く輸入されるようになりました。
奈良で筆作りが始まったのは今から1200年ほど前に遡ります。806年(大同元年)に空海(後の弘法大使)が遣唐使として唐から帰国した際に、中国の筆の製造技術を持ち帰り、大和の坂名井清川という人に伝授したのが始まりと言われています。
当時の奈良では多くの学僧が仏教を学んでおり、高僧や学僧を中心に奈良で作られた筆が広まっていきました。やがて、かな文字が使われるようになると、丸い線を自在に描けるより繊細な筆が求められるようになります。
そこで、筆匠(ひっしょう)たちにより、限られた種類の獣毛の長所を引き出して巧みに組み合わせることで、現在の奈良筆の礎(いしづえ)が確立されました。
*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/narafude/ より
”いいもの”を作る。それが職人のすべて 奈良筆
我が国の筆作りは平安時代の初期に、弘法大師(空海)が遣唐使として入唐したしたことから始まる。空海自ら、清川という大和の国の住人に伝授したのが、奈良筆のそして日本の筆作りの最初だといわれている。
いい筆は”腕”と”原料”で作られる
現在、筆に使用されている獣毛としては、羊毛、狸毛、ウサギ毛、猫毛など数十種類もある。またそれらは、生えている体の部分、刈り取る時期、産地等により弾力などが全く異なる。一般に中国産の筆は、原毛2~3種類を混合して作っているが、日本産の筆は、10種類前後の毛を混ぜて造筆する場合が多い。これは日本で生息している動物が、筆毛の対象としては少なく、そのうえ採取量も少ないため、いろいろな毛を混ぜて、その筆の特徴を出していくという、古来からの製作者の知恵が生きているということである。
筆作り50年の伝統工芸士藤井孝一(ふじいこういち)さん
藤井さんは、昭和5年生まれで、広島県の熊野町の出身である。熊野町は、現在も数量としては国内有数の筆の産地として知られている。そこでお父さんが筆の職人をやっており、跡を継ぐ形で熊野町で筆作りの道へ入った。若かったが、持ち前の熱心さでめきめき腕を上げ、もっと高いレベルで仕事がしたいと、日本一の筆をつくるため、17歳で奈良に出て来たのである。
当時を振り返って藤井さんは「まず筆そのものが全然ちごーとった(違っていた)。質も違うし、なにより、種類が何百種類もあるのにびっくりしたんですわ。奈良では書道の先生の好みに合わせて作るんですよ。わしゃ熊野では一人前じゃと思うて奈良へ来たけど、さすが奈良は日本一の筆所じゃと思いました。」と人懐っこい笑顔で語ってくれた。
「奈良に来ても師匠はおらんし、当時は誰も自分の技術を、親切に他人に教えることはせんかったもんな(しなかった)。じゃけど(けれども)なんやかんやと用事を作って、近所の先輩職人の仕事場に遊びに行くふりをして、その技を”目”で盗んだもんですわ。」「またその当時は、中国産の筆が最高の品質やったんで、そりゃ一人で朝から晩まで、研究して工夫を重ねましたよ。苦労?そんなもんは、ちっとも思ったことないですよ。ただ日本一いや世界一の筆を作りたい、とそのことばかり思ってましたからね。気づいたら50年以上も筆を作っとったということですわ。」と屈託なく笑う。
「職人のすべては”いいもの”を作ることにつきますわ。そして使ってくれた人がほめてくだされば、それが本望ですわ。」
天皇陛下、皇太子殿下に技術をみてもらう
「一番の思い出は、昭和43年に皇太子殿下(現在の天皇陛下)そして昭和44年に浩宮徳仁殿下に、私の筆作りの技術を見ていただいたことですかね。そりゃ一介の筆匠(筆職人)の技を神様みたいな人が覗き込んで見てくれるんじゃけ、緊張もしましたが、うれしくもあり、光栄でしたよ。」
「今の皇太子さまは、見学予定が20分のところを1時間近くも見学されたんかな。よっぽど興味を持たれたんかな。ドキドキした感覚は今でも憶えてますよ。」とその時の記念写真を見せてくれながら、キラキラした目で語ってくれた藤井さんが印象的だった。
”日本一の筆を作る”という夢
17歳の頃に志した”日本一の筆を作る”という夢は、周りから見ると見事に成就したように見える。しかし藤井さんは「この世界は奥が深い。50数年やっても未だに満足いく筆はできん。また年を重ねるごとに難しくなっていくもんですわ。」
「使う人に、本当に喜んでもらう筆をつくるまでは、私は仕事を続けますよ。それが私の夢でもあり、職人としての執念ですからね。それと一つだけ言わせてもらうと、『書の道』は日本人の心だと思うんですよ。文字の美しさを学ぶことは、とても大切なことだと思うんですよ。まあ私のもう一つの夢は、日本民族の文化としての”書の道”が復活することです。」
最後に日本民族の文化についての深みのある言葉をいただいた。
こぼれ話
中国での筆の起源について
「筆」の起源をたどると、その昔は軸に竹などを用いない鋭利な石針状のものや、草木を叩いて刷状にしたものでした。次に紀元前400年頃、秦の始皇帝の時代、30万の兵を率いて匈奴(きょうど)を征討し、また万里の長城を築いたといわれる古代中国の将軍が、現代に近い筆を作ったといわれています。
時代が過ぎ、中国の戦国時代の古墳から竹の筒が発見され、そのなかに竹軸に動物の毛がついている筆が出てきました。現在使われている筆と同じ様式の物としては、おそらく最古のものであるとされています。
戦国時代から漢代に入り、竹に動物の毛を植えた今の筆に近いものが作られるようになり、それ以前の細い点線しか引けないものとは異なり、たっぷりと墨を含ませることも可能になり、書そのものにも一大変化と前進をもたらし、草書などの速写などもできるようになったのです。
時代は移り、晋から隋、唐になるにつれ、筆の軸は竹のみならず、色ガラスや象牙なども使われるよになり、金、銀、漆などさまざまな貴重な材料で作られましたが、その時代の筆で、現在、日本に残っている筆として最も有名なものは、752年の最初の大仏開眼に使われた「天平筆」で、今も正倉院御物として保存されています。
*https://kougeihin.jp/craft/1005/ より