1月23日(土曜日)午前11時20分から、ホテル椿山荘東京 プラザ5階オリオンに於いて、首記新年祝賀会が開かれた。
その模様についてお伝えします。
ホテル椿山荘の入り口。
会場入り口にあった案内版。
受付風景。会費は、前金制のため受付はたいへんスムーズのよう。
出席者数は、招待者を含めて近年最高の940名とのこと。一次1000名を超える申し込みを受け、一部お断りしての数字だそう。
新潟県人のふるさと思いは他県に見られないものがあると もっぱらのうわさ。
定刻になり、司会者から着席のお声がかかる。
着席直後の風景。会場いっぱい着席している。
国歌斉唱ののち、曽山実行委員長による開会の辞、新入会員が紹介されたのち、新潟県人会小林会長の簡単な挨拶が始まった。
東京新潟県人会小林会長の挨拶。
小林会長は、こんなに沢山の人が一堂に会したことに対し謝辞を述べ、「今日は一日楽しんでもらいたい」と述べた。
次いで、来賓を代表して、新潟県知事、国会議員を代表して長島忠美衆議院議員、市町村長を代表して森長岡市市長の祝辞があった。
泉田知事の祝辞。
知事は、北陸新幹線の開通、新潟県医療センターの開設そして新潟県の新ブラインド米「新之助」についてはなされた。
そして、「佐渡金銀山の世界遺産登録に向けて」と題して、古式豊かな衣装をまとった、佐渡を世界遺産にする会、同新潟の会、同首都圏の会のメンバー等による金の道の御引き渡しの模様を披露した。
御引き渡しの前に、佐渡市金子副市長による今年度の国の推薦獲得への協力の呼びかけを出席者に呼びかけた。
金子副市長の協力の呼びかけ。
次いで、佐渡を世界遺産にする首都圏の会坂田会長は、新潟県内に3つの団体が結成されており、推薦獲得に向けて運動をしていること、今日は、江戸に向かって当時金銀を運んだ「金の道」での御金荷の引き渡しの模様を紹介したい旨を述べた。
坂田会長の「金の道」での御金荷の引き渡し式の状況を説明。
警護役人と10名余りの人夫が壇上に上がる。金銀の荷を前にして逸見警護役人が「御引渡証文」を読み上げる。
受渡証文を読み上げる逸見警護役人。
そして、証文は、代官役人に手渡しし、行事は終了。
御引渡証文の授受をする二人。
終了後、佐渡市副議長で世界遺産推進議員連盟近藤会長による出席者への協力を呼びかけ、全員起立して「ガンバロウ」を三唱した。
会場いっぱいに「ガンバロウ」が響き渡った。
佐渡金銀山の世界遺産にする会、同新潟の会そして同首都圏の会による金荷の受渡模様の演技をすべて終了。すがすがしい気持で壇上を降りた。
今回の佐渡を世界遺産にする会の「金の道」の演出は、会場にピリッとした雰囲気を醸し出したようだ。会場は、静まり返っていて、皆さん興味津々の様子。佐渡の宣伝に務めた甲斐があったと思う。
帰りのバスの中で見知らぬ人に「きりっとしていてよかったね」と声をかけられた。とてもうれしかった。
その後、角兵衛獅子保存会による舞が行われた。
しばらく休憩ののち、懇親会に入った。
来賓者並びに県人会の理事の人たち20名余りが壇上に上がり、鏡開きが行われた。そこには、新潟県出身の小林幸子歌手も参加していた。
鏡開き。
次いで、尾身新潟県議会議長による乾杯で会場は、華やいだ雰囲気となる。
尾身新潟県議会議長による乾杯。
それほど時間を置かずにまず「小林幸子」の演歌がはじまった。
小林幸子さんは、今回、2曲(おもいで酒、雪椿)を披露した。
昨日、テレビ「金スマ」に出演して、4年間NHKの紅白歌合戦に出られない苦しみを述べていたことを思い出す。 “新潟の宝″ と誇りに思うのは私ばかりでしょうか。
懇親会、壇上での演舞は続く。
首都圏在住の石橋さんらによる佐渡の「春駒」の演舞。
知り合いの方たちによるお互いの挨拶があちこちで始まった。
宮田学長も気持良く加わってくださり、首都圏の会の皆さんによる記念撮影。
時間は、瞬く間にすぎる。
中締めは、八木名古屋新潟県人会長、新潟日報社長による万歳三唱。そして、新潟県人会理事らが壇上に上がって、県民歌を会場の皆さんと合唱 と続き、最後に若井実行委員長による弊会の辞が述べられ、滞りなく終了した。
小田新潟日報社長の万歳三唱前の挨拶。
壇上で県民歌を唄う県人会理事の人たち。
新潟県人会の新年祝賀会は、参加費が高額であるにもかかわらず、どうしてこんなに集まるのだろう と思ってしまう。 郷土出身の魅力ある人が集まっていることなど 参加することによって何か得るものがあるのだろう。
今回私は、郷土真野出身の大学準教授の紹介で、佐渡赤玉地区出身の若い大学学長を紹介された。私も首都圏の会の有志を呼びに行き紹介、更に2月28日に開催される首都圏佐渡連合会総会にぜひ出席されるようお願いした。 こんなうれしいことはない。楽しみが倍増する。
今後も健康であればぜひ出席したいものだ。