佐渡で産出された金は、佐渡・相川を出発して小木港、出雲崎港、柏崎、高田を通る北國街道を通って江戸まで運ばれた。
かって佐渡の金や銀が運ばれた街道は「お金荷の道」と呼ばれ、そのなごりを今に伝えます。
今年は特にこの7月、「佐渡島の金山」が世界遺産に登録」されたことでもあり、佐渡金山を盛り上げようと佐渡市が主体となって、この10月5日に佐渡相川を出発して、上越市、長野県、そして11月30日に最終区間である板橋区役所前ー東京・江戸日本橋までの約11㎞の「金の道ウォーク」を計画実施された。
参加者数は、募集定員100名を締め切り日前に超え、早々と締め切った状態だったようです。
主催 佐渡市 協力 佐渡を世界遺産にする会、同新潟の会及び同首都圏の会。
今回の「御金荷の道」のルートは、概ね下記のようです。
11月30日 10:00 板橋区役所 出立式 ⇒ 国道17号線 ⇒ JR巣鴨駅 ⇒ 森川宿追分 ⇒ 鳳明館森川別館 ⇒ 神田明神 ⇒ 須田町交差点 ⇒ 日本橋三越店(南東角40mほど先にお江戸・日本橋)右折 ⇒GOAL(TOKYO TORCH Park) 到着式
参加者には、前もって参加証が送られたようだ。
私は、首都圏の会事務局に、「同首都圏の会が、“この金の道ウォークへの参加で解散決議″ となっているので、会の最後となるのだからGOAL地点には参加するかも・・・」と伝えてある。
ところが当日の足の具合は芳しくない。お昼になっても決心がつかない。
ウォークのゴール時刻は、午後4時となっている。
「よし、車で行こう」となって、午後2時30分ごろ、新宿・中落合の自宅を出発。
須田町交差点でウォークの一行と会う。追い越す。
最初は、日本橋三越デパートの駐車場に入れようと並んだが、列を作っている。整備員に聞くと、「15~20分ほど掛かる」とのこと。「そりゃ~だめだ」とあきらめ、GOAL近くの道路のパーキングに止め、三越デパート前まで駆け付けた。
日本橋三越デパート正面入口。
三越デパート南東入口正面。この正面前40~50m先に「日本橋」がある。現在は高速道路の真下になっている。
高速道路の真下に「日本橋」がある。
新潟日報のカメラマンもいたので一緒にカメラを構えてしばらく待つ。
先頭が来た・・・。左端の方は右折を案内している。
金荷を背負って “江戸″ に到着した。
「長い長い道のりご苦労様でした」
我が「佐渡を世界遺産にする首都圏の会の役員の方」も到着する。
一団約100名が通り過ぎたので、私もこ一団の後に従って会場まで、歩を進めた。
約300m歩く間に知り合いの佐渡市職員の方やその他の方々と挨拶を交わした。 その間に私も下記のような貴重な参加証を頂いてしまった。
表 (95mm✖65mm) GOLDの色が出てなくすみません。
裏 。
GOAL会場に到着。
渡辺佐渡市長が一行を待ち構えていた。握手をする。
もう、会場では、太鼓の演技が始まっていた。
トッキっキーも来ている。
しばらくすると、佐渡市名誉市民で前文化庁長官の宮田先生も姿を見せる。
宮田佐渡市名誉市民と渡辺佐渡市長。
しばらく太鼓の演技が続く。この団体は東京の一団とのこと。
縁台の前には、運ばれてきた金荷が積まれている。演技が終われば、奉行への引き渡し式が行われる予定です。
鬼の舞い。
友人と話をしている間に引き渡し式は終了してしまったようです。短時間のようでした。
会場で、首都圏の会役員から、下記のような名刺大の表裏金色の「金の道」を頂きました。記念品として保管したいと思っています。
表
裏。
終わりにあたって、宮田佐渡市名誉市民と渡辺佐渡市長のウォーク成功の挨拶が行われ、到着式は無事終了した。
私は、皆と別れ、車を置いてあるパーキングに急いで戻った。時間超過でしたが、駐車違反の紙は、貼られていなかった。