デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



ジョット・ディ・ボンドーネ「聖痕を受ける聖フランチェスコと聖フランチェスコ伝から三場面(教皇イノケンティウス3世の夢、フランシスコ会会則の許可、小鳥への説教)」(1295-1300頃?)

ルネサンスの画家といえば、ボッティチェッリやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロやミケランジェロが定番だが、ルネサンスの真の祖先といえばジョット(1266頃-1337)だといえる。
ジョット以前の絵は主にイコンとかビザンティン美術の作品みたく、教会の祭壇画みたいな感じで、それは神様もマリアも天使も聖人も配置や表情がどれも似通っていて、奥行きを感じさせない二次元空間での表現にとどまっていた。これは、中世の芸術家が祭壇画を描くときに、厳格な慣例と様式に従わなければならなかったからである。
ジョット以前にも絵画の伝統の束縛を思い切って打ち破ろうとした画家はいる。
しかし、ジョットの絵は、真ん中の聖フランチェスコの背景に岩山が描かれて奥行きを感じさせるところ、そして顔の驚きとともに敬虔な表情を描きこんでいる。それらが、ジョット以前の絵画との大きな違いなのだ。
さて、ジョットがテーマに選んだ聖フランチェスコ(1181-1226)とは、イタリアのアッシジで生まれた人で、遊蕩を重ねたあと重病に陥り、その後回心して一枚の衣だけで岩や土の上に寝て、福音を説き続けたという伝承が残る人だ。
聖フランチェスコには、いくつか有名なエピソードがある。そのうち二つ紹介すると、一つが、聖人が1224年にラ・ヴェルニアという山で祈っていると、熾天使(セラフ)が天から下ってくるのを目にし、やがて我にかえると身体に5つの傷(聖痕)が刻印されていたという異常事のエピソードだ。5つの傷というのは、キリストが十字架にかけられたときに受けた両手両足と右脇腹の傷のことだ。
もう一つは、鳥に説教して、鳥らがまじめに聞いてたというエピソード。
絵には、聖痕が刻まれる瞬間が描かれている。先に触れた奥行き、驚きとともに後ずさりした聖フランチェスコのアクションまで、その一瞬の場面を人間の表情と動きまで表現しようとしたといった特徴については、日本人団体客に向けての、わかりやすい解説がその場で聞こえてきたことで気付いたのだが、これが幸運だった。帰国してから、この絵についての詳しい解説を知りたいと思ったからだ。
さて、画像では分かりづらいが、絵の右下の方には、聖フランチェスコが鳥に説教している場面も、描かれている。見づらいので、拡大されている図版を載せると、



これは、説教しているのか?(笑)。正直、一瞬、エサを撒いて集まってきた種々の鳥たちみたいに見えたが、そこは鳥たちをみると、地面にクチバシを当てている鳥がいないのがわかる。それと、ほとんどの鳥が「つがい」に見える気がするのは私だけだろうか? 本当に、芸が細かい…。

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