デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



ピラネージ「ティヴォリのシビラ神殿」(1761)

M・ユルスナールの画家論に「ピラネージの黒い脳髄」がある。日本語訳では白水社のユルスナール・セレクション5『空間の旅・時間の旅』に所収されている分が、手に取りやすいだろう。

ユベール・ロベール-時間の庭展を見に行き、彼がピラネージから受けた影響について考えるにあたり、ユルスナールは「ピラネージの黒い脳髄」を再読した。ユルスナールはそのなかでこう書いている。

 十八世紀末このかた、ピラネージの画集に直接間接の影響をまったく受けなかった建築の学徒はどこにもいないであろう。コペンハーゲンからリスボンまで、ペテルスブルクからロンドンまで、あるいはマサーチューセッツの若い州においてさえ、あの時期、そしてそれにつづく五十年間に設計図を引かれた建物や都市の展望は、もしそれらの作者が《ローマの景観》をひもといたことがなかったなら、現在あるとおりのものにはならなかったであろう。ゲーテをイタリアに惹きつけそこで第二の青春を見出させたあの執拗な固定観念、またキーツをイタリアに連れ去りそこで死なせたあの妄執のなかで、ピラネージがある役割を演じたことは確かである。バイロンのローマはピラネージ風であるし、シャトーブリアンのローマ、もっと忘れられているがスタール夫人のローマも、またスタンダールの「墓の町」も同様にピラネージ風である。少なくとも一八七〇年まで、新しいイタリア王国の首都にローマが選ばれるにともない不動産投機の波がおしよせるまで、この町はピラネージ風の外貌をとどめていた。そしていまなお、次第に変貌を遂げつつあるこの町へわれわれを否応なしに惹きつける魅力の大部分は、なかば古代的なかばバロック的なこの町の追憶なのである。
 十八世紀末まで若干の芸術家や詩人に限られていた廃墟愛好熱を一般大衆にまで及ぼしながら、ピラネージの影響は、廃墟そのものを修正変化させるという逆説的な結果をもたらした。

「ローマの景観」シリーズとは、ピラネージが没するまで描き続けた一大銅版画シリーズである。総数は135点にのぼる。ローマ内外の建築物のモニュメントを、大胆な透視図法、超人間的なスケール、強い明暗対比によって描いた多様なイメージは、グランド・ツアー(裕福な家の子息が長期間フランスやイタリアを旅行すること)の潮流の中で広くイタリア外に流布し、永遠の都への憧れをヨーロッパ中に掻き立てた。
「ピラネージの黒い脳髄」を再読し、イタリア外の人が、ピラネージの作品を見てイタリアに足を運んでしまう気持ち、ロベールの作品を見てローマに行きたくなった自分の気持ちをだぶらせ、共感を覚えてしまった。
行っただけで分かったような口を利くような馬鹿をさらすようでなんだが、ヨーロッパにはなんだかんだ言ったって絵に描かれている場所や小説で出てくる場所が、描かれた時代のままの姿で目の前に現われてくれることが多い。とくに今回のロベール展で見た彼の手によるサンギーヌ(赤チョーク)素描のなかに、現地で見たことのある建物や彫像、光景を発見すると、自分が見たものは修正変化したもので、描かれているものがそうでないものだったという、ユルスナールのいっていることがそのまま体験できるような感覚に陥るのである。
くりかえすようだが、イタリア滞在中のロベールは、ピラネージとの親交も厚く、ピラネージから受けた影響は大きい。今回、ピラネージの作品もじっくりみて、イタリアから帰国後に描かれたカプリッチョ(奇想画)では、建築家が用いる図法や視点移動の方法に生かされているように思ったし、ロベールのルーヴルの改造案で発揮されるセンスにもピラネージは少なからぬ影響を与えているように思う。

ところで、ユルスナールの画家論を初めて読んだのはかれこれ何年前だったか、『ハドリアヌス帝の回想』を読んだ後であったことだけは覚えている。澁澤龍彦、稲垣足穂、J・L・ボルヘス、I・カルヴィーノと妙につながりが見出せそうな作家の作品とユルスナールの作品を関連付けようと、自分の中でやろうとしたころであった。
実のところ、彼らの作品を心から楽しんで読めたことはなかったこともあってか、「ピラネージの黒い脳髄」も読みはしたが、「幻想の牢獄」に関する論述については何が書かれてあるのか今ひとつわからなかった。
これを書くにあたって再読したものの、「幻想の牢獄」については未だ分からないというか理解が追いついていないのが正直なところだ。要するに18世紀に彼によって版画で創造された幻想牢獄が、20世紀の時代の負の部分や影の部分、とくに無関心のイメージとだぶり、その容赦のない救いのない冷たさのイメージは、時代を超えて常に現代的であり続けるもの、ってことがいいたいのだと思うが、詳しい方、突っ込みお待ちしています。

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