ぱたぱた仙鳩ブログ

徳島から書道文化を発信します。

成果展3・4班

2015年06月14日 | 日記

6月12日(金)、成果展も2回目です。3・4班の学生たちの展示が行なわれています。

合同作品は、梅雨の季節を意識したものです。雨粒一つ一つが個々の目標や思いの言葉を作品化したものです。

この学生、樹希くんは、闘牛を見に行きたいのだそうです。面白い。

各自のコメントを小さなカードに書いた硬筆作品がハートの形に貼られていました。

展示ケースには、細字の仮名臨書作品が置かれていました。2年生、米澤淳美さんの作品です。

この展示はもう1週間続き、その後は5・6班の展示があって成果展は終わりです。


外国人への書道指導

2015年06月11日 | 日記

6月11日(木)、16:30~17:30、本学の姉妹校であるアメリカのサギノーバレー大学から4カ月間、交換教授で来られているウォーレン・フィッチャー先生に書道体験をしていただきました。ゼミ生の加守さんが卒業論文のテーマで「外国人への書道指導法」を研究していますので、対象者の一人になっていただいたのです。ウォーレン先生は日本語が全く理解できないので、英語での説明に不安があり、国際文化学科3年生の西田圭良くんにも協力を求めました。これは一週間前に国際文化学科に行ってお願いし実現したものです。

最初にパワーポイントで書道の基本精神を説明した後に、実際に基本から始めました。うずまきで筆の持ち方を理解していただいたあとに、加守さんが英語で説明しながら基本点画を書いてみせて、次に実際書いてもらいます。縦画・横画・左払いはまったく問題なく書けましたが、右払いだけは難しかったようです。

実際に筆の上を取って一緒に書いたら、理解が進んだようです。英語の説明が足りない場合は西田君がお手伝いしてくれました。

この後に、加守さんが作成した漢字一字教材を使ってどんどん書きました。簡単な文字から難しい文字まで10種類を用意してあって、そこからお好きな文字を選んで書いていただきます。漢字の意味は英語で書いてあります。最後は、ウォーレン先生の好きな英語の単語を言っていただき、それを漢字で書きます。「子」と「気」を書きました。お名前も英語で加えました。先生は初めて書道を体験したのですが、とても素敵な作品ができました。

すべての作品には最後に「四国大学」の印を押して仕上げました。ウォーレン先生も大喜びです。この後に先生には英文で感想文を書いていただきました。これがすべて加守さんの卒論の資料になります。また時間があれば、第2弾を計画することにしました。お互いに楽しい国際交流の時間になりました。作品はお土産に持ち帰っていただきました。日本でのお仕事の良い記念品です。

 


教育実習巡回指導

2015年06月10日 | 日記

6月10日(水)、午後に徳島市立高校に教育実習の巡回指導をしてきました。書道文化学科からは2名が2週間の日程で行っていますが、2週目の中間です。橋本君と神農さんです。たまたま神農さんの授業を1時間参観できました。もう授業も何回か実施していますので、落ち着いて取り組んでいました。授業内容は、唐の書道史を教える講義式の授業でしたが、途中に示範も取り入れていました。言葉がはっきりしていて、黒板やプリントの表示も工夫されていて、たいへんわかり易い授業でした。でもさすがに本人は緊張したようで、終わった後に話を聞いたら、クーラーのきいた教室でしたが汗びっしょりでした。

橋本君もこの授業を見学していたので話を聞くと、この日の午前中に授業をしたということで、自分が思ったようには進まないと歎いていました。教育実習は苦労しますが、その分やりがいも大きいものです。それを通して学生は大きく成長します。実習が終わった後に、大学の授業で互いの状況や感想を発表し合うのですが、それが今から楽しみです。

この高校の玄関ホールには、書道部の生徒さんたちの作った巨大な合同作品が展示されていました。たいへん生き生きした良い作品だったので写真に収めてきました。迫力いっぱいで素晴らしい作品です。

 


九州出張

2015年06月07日 | 日記

6月3日(水)~6日(土)、1人で自家用車を運転して大分県と福岡県に出張してきました。途中撮影した、いくつかの景色や施設をご紹介します。九州自動車道のSAで見た由布岳です。この日は梅雨の晴れ間で美しい青空に山が映えていました。

大分キリシタン殉教記念碑です。1970年に建設されたもので、北村西望の作品です。大分は戦国時代、大友宗麟の支配下で、1551年にザビエルを招き、キリスト教の布教の中心地のひとつになりました。しかし、西洋からの侵略を怖れるために、慶長17年(1612)に幕府直轄領にキリシタン禁教令が出され、翌年に全国に拡大されると、キリシタンの中心地のひとつであった豊後国でも厳しい取締りが行われました。万治2年(1659)からは豊後国内で一説には1,000人を超える殉教者が出ました。中でも、現在、キリシタン殉教記念公園があるここでは、約200名が殉教したとされます。壮観の作品でした。この歴史は極めて哀しい出来事ではありますが、これがなければ、日本は今頃南米と同様にポルトガル語やスペイン語を話している国だったかもしれません。

大分県竹田市の歴史資料館では、田能村竹田と帆足杏雨の作品展が開催中でしたので、この日の仕事の終わった後にちょっと立ち寄りました。田能村竹田は文人画家、書家として有名です。頼山陽や篠崎小竹とも交流が多かった人です。作品はお洒落でした。

仕事が全部終わり徳島に帰る途中に、岡山県津山市の洋学資料館に立ち寄りました。近世末期から近代へ向かう動きを理解するために、この資料館はぜひ見ておくべきだと思います。今まで行きたかったのですが、なかなか機会がなくて行けず、この日はちょうど帰り道だったのでちょっと立ち寄れました。津山出身の有名な洋学者の銅像がたくさん飾られていました。その多くは宇田川家と箕作家の人々の銅像です。内部の展示はたいへんわかり易くなされています。しばらく前に知り合った医学史の権威、順天堂大学の酒井シズ先生が展示に関わったとお聞きし、納得しました。

4日間で1800㎞ほど運転して、少し疲労しました。でも移動によって人間の視野は確実に拡大するように思います。


放送大学徳島学習センター面接授業

2015年06月01日 | 日記

5月30日(土)・31日(日)の2日間は、標記の授業を担当させていただきました。科目名は「近世徳島の書道文化 -読んで書く」というもので、ここ数年わたしが研究してきた近世の徳島の儒学者の書についてお話をし、実際に作品を鑑賞してそれを解釈し、臨書するというものです。受講者は10名いらっしゃいました。

4年ほど前から香川学習センターの面接授業に関わっており、たくさんの皆さんに受講していただきましたが、徳島学習センターでは初の担当でした。放送大学の受講者のみなさんは、いったん社会に出てからもう一度学びたいという方ばかりで、年齢層もさまざまです。通常は放送媒体で学習していますが、年に何度か「面接授業」を受ける義務があります。場合によれば居住区以外のセンターに受けに行ってもよいので、今回も香川や岡山からの参加者がありました。ですから熱意が半端ではありません。2日間の集中講義で、10:00~17:00まで、8コマのハードなスケジュールにも関わらず、10名全員が遅刻・欠席は全くありませんでした。授業の合間に「ご質問がありますか?」と問いかけると、必ず誰かが質問をします。このような熱意は、通常の大学の学生も学ぶべきだと思います。

2日間の集中講義の後に、隣の講座の先生・受講者も含めたうちの御都合のつく10名ほどが、意見交換会に出席して、授業の感想や、今後への改善希望を出し合いました。私も参加させていただき、活発な意見をお聞きしました。私の授業の受講者の皆さんも、授業を楽しんでくださったようです。教える方も教わる方もかなり疲労しますが、お互いに「快い疲労感」を味わいながら、学校を後にしました。

学問が本質的に「楽しいこと」であることを感じるひとときです。