プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

福原勝

2015-04-13 23:48:30 | 日記
1958年

さきに近鉄入りが決定していた益田産業の福原勝投手(18)は二十六日実父孫市さんと大阪阿倍野の同球団事務所で大北代表立ち会いの下に正式契約を行った。背番号37。同投手はこの夏の甲子園大会に出場、一回戦で松阪商業に4-0で敗れてはいるが、本格派の速球投手として早くから注目されていた選手である。身長1㍍82、体重72㌔、右投右打。

福原投手の話 巨人、西鉄、大毎、広島からも話がありましたが近鉄にお世話になることにきめました。近鉄を選んだのは働きやすいチームだからです。これでプロ一年生になったわけですが、すぐに第一線に立ち、登板できるようまた板東、河村君などにも負けないよう努力します。

大北代表の話 夏の大会を終わったあと、すぐ交渉したが実にスムーズにいった。かれは本格派の速球投手だけにその将来を大いに期待している。
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河原田明

2015-04-13 23:33:19 | 日記
1958年

東映フライヤーズ入りを表明していた早実の河原田明(かわはらだあきら)投手(17)は三日午後三時京橋の東映フライヤーズ事務所で正式契約した。同投手は前橋一中時代からずっと投手をつとめ早実ではすでに巨人入りの決まった王投手を助けて昨年の選抜大会には優勝するなど四度甲子園の土をふんでおり、昨年オープン戦ではあるが対桐蔭高戦では十連続三振の記録を作ったこともある。シュートとドロップを武器とする投手で左腕投手難だった東映は河原田投手に大きな期待をかけている。1㍍83、75㌔、左投左打。

河原田投手の話 はじめ早大進学を希望していたのですが、家庭の事情でプロ入りすることになりました。東映を選んだのは王君が巨人に入りましたし、同じ東京チームにはり合いたいと思ったことと、先輩の相沢、内山さんがおられるので親しみをもっていたからです。どれくらいやれるかわかりませんが、筒井コーチの指導をあおいで一日も早く第一線に出られるようがん張ります。

石原代表の話 河原田君は王君の陰にかくれて花やかな存在ではなかったが、東映では早くから目をつけていた。ようやく正式に入団が決定し本当に喜んでいる。
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