1962年
西鉄が一回表、柳田の失策でせしめた1点で勝ったら、あまりにもムシがよすぎるとみていたが、六回裏、やはり田中勉がつかまった。田中の五回までのピッチングは、これといってとりあげるような内容はなかったが、ドロップと外角直球で4安打に押えていたもの。それが先頭榎本にねばられて7球目、近目直球をライナーで右翼ポールわきに、あわやホームランかと思われる当たりをされた。どぎもをぬかれた田中勉は、榎本を歩かせ、山内に右前ヒットされ無死一、二塁、このピンチに中西監督は左腕橋野を救援させた。この投手交代はタイミングもよく理にかなっていた。つぎは左打者の田宮だったからである。橋野は1球目カーブでストライクをとったが、コチコチになっていた。しかし、田宮を歩かせ無死満塁になりながら、谷本を二塁ゴロにうちとり、併殺の間に1点をとられただけの度胸は立派なもの。九回表、これまで気持ちよさそうに投げていた坂井が疲れたらしく、球が目にみえて遅くなった。二死一、二塁、打者城戸に坂井が簡単に2ボールを投げたのがまずく、3球目、まったくすなおな直球を真ん中に投げて中越三塁打された。中堅山内は、まさか城戸がこんないい当たりはしないだろうと思っていたのか、それともバックホームに備えたのか、浅目に守備をしていたのは、うなずけなかった。
西鉄が一回表、柳田の失策でせしめた1点で勝ったら、あまりにもムシがよすぎるとみていたが、六回裏、やはり田中勉がつかまった。田中の五回までのピッチングは、これといってとりあげるような内容はなかったが、ドロップと外角直球で4安打に押えていたもの。それが先頭榎本にねばられて7球目、近目直球をライナーで右翼ポールわきに、あわやホームランかと思われる当たりをされた。どぎもをぬかれた田中勉は、榎本を歩かせ、山内に右前ヒットされ無死一、二塁、このピンチに中西監督は左腕橋野を救援させた。この投手交代はタイミングもよく理にかなっていた。つぎは左打者の田宮だったからである。橋野は1球目カーブでストライクをとったが、コチコチになっていた。しかし、田宮を歩かせ無死満塁になりながら、谷本を二塁ゴロにうちとり、併殺の間に1点をとられただけの度胸は立派なもの。九回表、これまで気持ちよさそうに投げていた坂井が疲れたらしく、球が目にみえて遅くなった。二死一、二塁、打者城戸に坂井が簡単に2ボールを投げたのがまずく、3球目、まったくすなおな直球を真ん中に投げて中越三塁打された。中堅山内は、まさか城戸がこんないい当たりはしないだろうと思っていたのか、それともバックホームに備えたのか、浅目に守備をしていたのは、うなずけなかった。