プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

池田善蔵

2017-05-06 23:54:14 | 日記
1952年

昭和二十二年太陽に入り翌年大映に移籍。更に今春阪急に入った。太陽当時は遊撃手であったのはちょっと異色。重いシュート・ボールを投げる。カーブに相当の威力を持っているが、コントロールに欠けた点があり、荒れるのが困る。今年阪急でどう仂くか?

広島県 二十九歳 右投右打 五尺六寸 十六貫 兵庫県西宮市高松町七四甲武館内
尾道商ー慶應ー大映ー阪急
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拝藤聖雄

2017-05-06 21:05:47 | 日記
1952年

弱冠十九歳だが、昨年は米子鉄道を背負って大活躍、球界の関心を集めた偉材だ。六尺になんなんとするスマートな体格からオーバースローで外角へホップする球は相当。ドロップも、シュートもあり、今後の精進如何ではすばらしい投手になるだろう。

鳥取県 右投右打 五尺九寸 十八貫 大阪府南河内郡高鷲村南宮 合宿内
米子中ー米子鉄道ー近鉄
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多田文久三

2017-05-06 20:35:24 | 日記
1952年

巨人入りした当時、その強肩を買われて一時は捕手となったが昭和二十四年再びプレートに返り咲いた。速球とオーバー・スローの大きなドロップが武器であったが、肩を痛めて以来昔日の面影がない。昨年は多年の経験を生かし南海探題して巨人を優勝に導いた。

兵庫県 三十一歳 右投右打 五尺八寸 十七貫 川崎市丸子通り一の四七五 巨人寮
高松商ー日大ー巨人
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吉田陽次

2017-05-06 20:26:38 | 日記
1955年

芥田監督が期待をかけている新進で、関根しかいない一線級左投手の片腕だ。シュートとドロップは良く、今シーズンは多くの試合に登板することになるだろう。

足利工ー近鉄 五尺八寸 十八貫 二十一歳 左投左打 栃木県 合宿
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井筒研一

2017-05-06 20:19:50 | 日記
ライオン以来の古参で、シュートとカーブを投げわけるコーナー・ワークは休養をとればかなり球速があるが、ひんぱんに使うと、すっかり緩急投手化す。先発させると入念だが、敗けた試合でもひきつがせるとなげて終う。


昭和十四年ライオンに入団して今日に至っている。松竹での古株。長い投手経験からプレートマナーもよく、アンダースローの浮き上がってくる球には威力がある。シュートボールも巧みに投げるが、やや球速にともわぬのが惜しい。昨年度は非常に不調であった。

兵庫県 三十三歳 右投右打 五尺五寸 十六貫 明石市大手町三ノ三三四九
明石中ーライオンー太陽ー松竹
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福島秀喜

2017-05-06 09:23:41 | 日記
1976年

30年7月28日生

博多商高、丹羽鉦電機

1㍍77、76㌔、右投右打

ドラフト1位。ダイナミックなフォームで投げおろす右の本格派。「目標は阪急・山口さん」ときっぱりいう腕と度胸は、無名ながらも新人王への素質十分。高校時代はノーヒットノーランを達成。ノンプロでの防御率は0.93。
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中山信博

2017-05-06 09:19:25 | 日記
1976年

昭和33年1月13日生

関東一高

1㍍77、75㌔、右投右打

ドラフト5位。関東一高からはプロ入り第一号選手。地肩の強さは天下一品。リストが強くパンチ力抜群のバッティング。粗削りなところをなくすのが課題だが、将来楽しみな存在。高校三年間の通算成績は3割7分1厘。
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中村武義

2017-05-06 09:13:22 | 日記
1976年

昭和26年6月30日生

柳川商、丹羽鉦電機

1㍍76、73㌔、左投左打

ドラフト3位、バランスのよいフォームで投げるストレートとシュートが武器。48年社会人東海北陸地区の敢闘賞受賞。最近2年間の成績は29試合に登板12勝6敗。防御率1.25。奪三振182。貴重な左腕の即戦力だ。
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白井仁

2017-05-06 09:08:27 | 日記
1976年

昭和30年8月5日生

浪商高、福岡酒店

1㍍74、71㌔、右投右打

ドラフト外。昨年11月に行われた新人募集テスト(二十八人参加)のただ一人の合格者。鉄砲肩。日やといを始め、いろいろなアルバイトをやり、苦労もなめてきた。地味でまじめな性格は高校時代の先生も太鼓判。
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長谷川良平

2017-05-06 08:06:13 | 日記
1963年

ぼくは異常体質だと数年前から言っていた広島カープの長谷川良平投手、身長160㌢、体重62㌔の恵まれない体で、しかも広島という弱体のバックをもって14シーズン投げつづけ200勝の仲間入りをしようとしているのだから驚異といっても言いすぎではない。長谷川は昭和二十五年広島に入団、この前の四月二十七日西日本パイレーツから初白星をあげたのが200勝へのスタート。それから堂々として、文字どおり堂々として弱体バックに悩まされながら投げつづけた。長谷川の右腕はねじくれて手の平が外側を向いている格好になっている。あまりシュートを投げすぎたので腕がこんなに曲がってしまったと笑っているが、この腕が長谷川のピッチングのすべてを物語っている。若い投手がカーブを投げるのを見てワシもカーブが投げられたら楽だが・・・。投げられるヤツは羨やましいよともらしていた。カーブの投げられない投手なんか考えられないが、長谷川はとうとうカーブを本式に投げず、シュート、シュートのシーズンである。腕も曲ろうというものである。長谷川の投手訓というべきピッチングのコツは若い投手が学ばなければならないものを沢山もっている。一番根本になるものは、ピッチングは攻める気持が大事だそうだ。打者は逃げては打てない。ところが投手は逃げることで成功することもある。だが逃げmわって投げることは滅多にできない。逃げる、攻めるとの言葉は同じでも内容は違う。弱点に投げるという表面の形は同じでも、ここに投げると打たれそうだからそっちに投げようというのと、ここへ投げれば相手は絶対に打てないという気持で投げるとでは、タマはイキが違うし打者はいつも打ってやろうという気持と失敗しないかという気持と二つが同居している。たとえば一塁に走者がいると、内野ゴロを打ってはいけないという弱点がある。そこがこっちのツケ目。そこへはまり込むようにすればいいわけで、三割打者だって10本に7本は失敗するんだから投手の方がズッと有利です。投手の投げるタマから始まって打者はそれに対応して動かなければならないのだから・・・。と試合の主導権は投手が握っているという。しかし、そこをどう持っていくかが問題だが・・・。と十四シーズン目のベテランもにが笑いをしている。
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河村久文

2017-05-06 07:49:14 | 日記
1953年

九州以外では殆ど試合したことがないという少年投手。昨秋の産業対抗のとき登録抹消問題で話題をまく。上背から堂々のオーバースローの豪球は相当のもの、極め手はアウドロ、コントロールもある。西鉄新人投手中の逸材であろう。
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オニール

2017-05-06 07:45:40 | 日記
1953年

日本に来てから海軍に入った。それまで余り野球をやった事もなかったが、ボールを持ったらメキメキ上達。海軍基地のエースとなる。昨春除隊前にテストを受け西鉄入り、武器はナックルとドロップ。昨年成績は7勝4敗である。
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