1985年
およそ野球界とは縁遠い職に就くものもいる。南海から中日に移籍し、昨季は1試合も登板することもなく去った水谷茂雄氏(投手)もそんな一人だろう。四日市にある魚の仕入れ問屋の魚丸市場で、魚と氷にまみれて働いているのだ。少年野球時代から世話になっている恩人の紹介で、「ヒジ痛が治らず、引退が決まる前から、やろうと決めていた」朝は早く午前3時前に出勤。トラックで運ばれてくるサワラなどの一般家庭向け小魚を水で洗って箱に詰める作業に従事するが、魚は氷詰めになっていて冬の寒さも手伝い、手には厳しくこたえる。「現役時代は手を大事にしていたけど、今はそんなこともなく、ときには手の感覚がなくなります」たまに、事務所で計算の仕事がある。「そんなこと今までやったことないでしょう。これが一番いやですね」と、別世界で生きる厳しさをしみじみと語る。しかし、この4月には高校時代からの女友達との結婚が決まっていて、「野球に未練はない。結婚もするし、頑張ってこの仕事を続けます」と同氏の前途は洋々としている。
およそ野球界とは縁遠い職に就くものもいる。南海から中日に移籍し、昨季は1試合も登板することもなく去った水谷茂雄氏(投手)もそんな一人だろう。四日市にある魚の仕入れ問屋の魚丸市場で、魚と氷にまみれて働いているのだ。少年野球時代から世話になっている恩人の紹介で、「ヒジ痛が治らず、引退が決まる前から、やろうと決めていた」朝は早く午前3時前に出勤。トラックで運ばれてくるサワラなどの一般家庭向け小魚を水で洗って箱に詰める作業に従事するが、魚は氷詰めになっていて冬の寒さも手伝い、手には厳しくこたえる。「現役時代は手を大事にしていたけど、今はそんなこともなく、ときには手の感覚がなくなります」たまに、事務所で計算の仕事がある。「そんなこと今までやったことないでしょう。これが一番いやですね」と、別世界で生きる厳しさをしみじみと語る。しかし、この4月には高校時代からの女友達との結婚が決まっていて、「野球に未練はない。結婚もするし、頑張ってこの仕事を続けます」と同氏の前途は洋々としている。