1957年
毎日が最も期待している新人。中央球界ではあまり知られていないが、九州で塩津といえば強打者として押しも押されもしなかった。ことしの打率は春が6割2分、夏が4割3分、確実さでも申し分ないが、かれの本領は1㍍82、72㌔の体力をフルに使った長打力。この夏の県下予選決勝で場外ホーマーしたのをはじめ本塁打3本を記録している。毎日はシーズン・オフにかれを練習に参加させたが、そのとき山内、榎本、葛城とならんで体格はもとより、当たりの大きさ、速さも見劣りせず、ウワサ以上の強打者に舌をまいたという。別当監督など手ばなしの喜びようで「高校生では最右翼、大きい選手は概して不器用だが、かれは柔軟だし、リストの使い方もうまく、打撃は満点」とほめちぎっていた。苅田コーチも打撃ならすぐ使えるといっている。毎日は彼を遊撃手に育て、穴をこの大型選手でうめると大張切り。遊撃は塩津も初めてらしいが、バネもあり、足も百㍍12秒というから毎日待望の大型遊撃手が誕生するのも遠い日のことではなかろう。
毎日が最も期待している新人。中央球界ではあまり知られていないが、九州で塩津といえば強打者として押しも押されもしなかった。ことしの打率は春が6割2分、夏が4割3分、確実さでも申し分ないが、かれの本領は1㍍82、72㌔の体力をフルに使った長打力。この夏の県下予選決勝で場外ホーマーしたのをはじめ本塁打3本を記録している。毎日はシーズン・オフにかれを練習に参加させたが、そのとき山内、榎本、葛城とならんで体格はもとより、当たりの大きさ、速さも見劣りせず、ウワサ以上の強打者に舌をまいたという。別当監督など手ばなしの喜びようで「高校生では最右翼、大きい選手は概して不器用だが、かれは柔軟だし、リストの使い方もうまく、打撃は満点」とほめちぎっていた。苅田コーチも打撃ならすぐ使えるといっている。毎日は彼を遊撃手に育て、穴をこの大型選手でうめると大張切り。遊撃は塩津も初めてらしいが、バネもあり、足も百㍍12秒というから毎日待望の大型遊撃手が誕生するのも遠い日のことではなかろう。