1963年
働けど働けど楽にならざり、じっと手をみるー啄木の心境のそのままの別当監督。「打っても打っても点をとられる。ウチのピッチャーは一体キャンプで何をしとったのかといわれても仕方ない。再教育せんといかんなあ」天を仰いで長嘆息をしたが、この監督を最初に喜ばせたのが、山本重政投手だ。勝ち星こそ2勝(4月25日現在)だが、対戦した鶴岡、水原、西本三監督が口を揃えて、「あれはいいピッチャーだ」と太鼓判。野口コーチも身ビイキにならぬよう気を使いながらも、「シゲはもともと徳久クラスの素質を持っていた。性質が素直だし、カンもいい。入団した昨年後半より、ひとまわり成長した」とこれまた手放しでホメる。オープン戦では右手の負傷で振るわなかったが、開幕と同時にピッチを上げて、第二節から登板。低調の投手陣に活気をもたらしている。「山本の身上は速球とシュートだった。それが昨年秋のトレーニングからカーブのキレがよくなり、その大きく割れるカーブのためにシュートがいっそう有効に使えるようになった。その変化球が両サイドのギリギリへ決まるし、スピードも最後まで落ちないんだから、ちょっと打たれんな」女房役吉沢の山本評だ。高校時代(兵庫県社(やしろ高)は三年のとき、夏の県大会予選で姫路工大付属高からノーヒット・ノーランを記録。立命大へ進学するといきなり春のリーグ戦で3勝して新人ながらエース的存在となった山本だ。「もう近鉄でもエースだよ」と楽屋から声がかかっている。