1998年
ようやく手にしたチャンスを手放すわけにはいかない。プロ4年目のシーズンを迎えた寺本比呂文は6月2日、待望の一軍昇格を決めた時、昨年・南郷秋季キャンプで東尾監督から言われた言葉を思い出していた。「あと1、2年で芽が出なかったら、お前は終わりだぞ!」昨季は右肩痛でシーズンを棒に振った。苦しいリハビリ生活を経験し、遠回りした自分自身に対する悔しさもある。故障のせいにしたくはない。しかし、気がつけば同期入団のライバルだった1歳年上のエース西口は、いつの間にかあこがれに近い存在になっていた。だから、監督の言葉の意味もよく分かる。実際、寺本の目に西口の姿はどう映っているのか?「新人だった3年前は、西口さんに負けたくないと思った。それがどんどん差をつけられて…。今は僕の大きな目標なんです。一日でも早く西口さんの、あのレベルに到達したい」と本心を口にした。寺本の正直な胸の内だろう。西口との間に、埋めようもない遠い距離を感じてもいる。東尾監督就任1年目のドラフト3位が西口で、ドラフト5位が寺本だった。だが、プロ入り後の両者は実に対照的だ。西口は昨年までの3年間で33勝。昨季は最多勝、沢村賞、MVP、最高勝率、奪三振王など投手部門の主要タイトルを独占したが、一方の寺本が残した昨年までの一軍での実績といえば、3年間で97年に7試合に登板(0勝0敗)して1セーブを記録したのみだ。「芽が出なかったら、もう終わりだぞ」心の中で、もう一度繰り返してみる。その通りだ。故障も完治した。「一軍で実績を残して初めてプロと言えるんですよ。どん底を一度経験した。後れを一日も早く取り戻したい」と再出発を誓った。後れを取り戻すための第一歩は、6月18日の日本ハム戦(西武ドーム)だった。初回一死満塁の大ピンチを併殺崩れの1失点に防ぎ、5回までビッグバン打線を2失点に抑える好投。カーブ、スライダーの変化球を駆使して念願のプロ初勝利を手にしたのだ。プロ入り初めてのお立ち台。「自分としては百点満点のピッチングです」と実感を込めたが、自宅へ戻るとすぐに冷静さを取り戻したという。これでローテーション入りを不動にしたわけではない。一人浮かれるわけにはいかなかった。一軍デビューは2年前にさかのぼる。西口が16勝を挙げ、レオの新エースとして飛躍を遂げたシーズンだ。寺本は後半、一軍入りした。96年9月16日、西武球場のダイエー戦だった。先発は西口で、2番手として登板した寺本は、7回からの3イニングを無安打無失点に抑え、プロ初セーブをマークした。先発・西口ー抑え・寺本の完封リレー。堤義明オーナも観戦していた試合だった。