1992年
プロ二度目の先発となった7月8日のロッテ戦で、なんとプロ初勝利を完封の離れ業。「やっと、社会人時代のピッチングが出来ましたよ」と足利は最高の笑顔を見せた。そして「やっぱり、先発がいいですね。この次からローテーションに入れるように頑張ります」と続けた。開幕から足利は中継ぎが主な仕事で、毎試合ベンチ入りしていた。そんな足利だけに、完封勝利を飾った後、「先発の方が楽ですよ」と思わず本音も出た。足利のいう「楽」とは肉体的、スケジュール的な楽さではもちろん、ない。「中継ぎで投げる時は勝っている時も負けている時も、もう1点もやれない、というせっぱ詰まった状況ばかり。でも、先発だったら6、7回を2、3点に抑えればいい、といった余裕を持てますからね」(足利)この足利の特徴はアンダースロー特有の打者の手もとで浮き上がるストレートとシンカー、緩急2種類のカーブで打たせて取るピッチング。その辺の事情を一番心得ている権藤投手コーチも「大した決め球を持っているわけじゃないから、足利はどちらかといえば先発タイプ」と先発・足利を強調する。しかし、悲しいかな。足利には実績がない。7月8日の初勝利後の登板が4回途中KOでまたまた、足利は中継ぎに降格してしまったのだ。後半4試合は中継ぎ、その間足利は「いつかは先発の頭数が足りなくなる。必ずチャンスが来る」と、その日を待ち続けた。「いつも、先発ピッチャーはいいなあ」という羨望の眼差しで先発組を見つめながら…。その一方で、足利は先発・足利をアピールすることも忘れていなかった。後半戦初の先発となった西武遠征。足利は試合前の50㍍走で、すべて6秒台をマークした。このハッスル走が権藤投手コーチの目に止まったのだ。「足利は、次のロッテ戦で先発が足りないのを知ってたんですよ、それに、自分がロッテに相性がいいことも分かってますからね」(権藤コーチ)巧みな演技?で8月15日のロッテ戦の先発を勝ち取った足利はまたも、完封勝ち。「今日は足利の勇気のあるピッチングがすべて」と田淵監督を喜ばせた。だが、「前科」があるだけに指揮官も足利を百パーセント信頼はしていない。「足利は次が大事。この次負ければ、ローテーションにきっちり入れるよ。それに、ロッテ以外のチームにも通用するかも問題だな」(田淵監督)同世代の若田部や村田が先発ローテーションで投げているのが、足利の励みや刺激になっている。足利の「一人二役」はチームが望んでいることではない。足利の先発としての独り立ちは、首脳陣の待ち望んでいることなのである。