1991年
開幕の巨人戦でリリーフ、一死満塁を斬って捨て、さらに22年ぶりの開幕ルーキー初勝利を記録した身長173㌢の小さな大投手。ベテランでさえ緊張の極に達するといわれる開幕戦。8階、自らのエラーをきっかけに一死満塁のピンチを招いた。顔が青ざめるのは当然だ。ベンチからはユックリと星野監督が出てきた。交代か。だれもが思ったその瞬間。ところが星野監督は続投を指令。「これからもこんな場面はいくらでもあるんだ。自分で摘み取って来い」このひと言で森田は開き直った。5対5の同点。1点を失えば、ほぼ敗戦が決まる。ストレートに自信のある投手なら真っすぐで押したいところ。しかし、森田は並の新人ではない。サンショは小粒でもピリリと辛い。なんとチェンジアップで中尾をピッチャーゴロ併殺に斬ってしまった。圧巻は本拠地・名古屋に戻った広島戦2戦目。4対4とこれまた同点で出てきた森田。彦野が勝ち越しタイムリーし、もう勝負はこっちのものだと総立ちのファンが見守るなか、8回に長内にライトへ同点ホームランを浴びた。しかし、ここからが森田の真骨頂。続く3人をすべて三振に取るや、自分のミスは自分で拭うとばかり、ルーキー投手としては41年ぶりの快挙となる初打席初ホームランをライトへぶち込んだ。これが決勝点。思わず星野監督は叫んだ。「男の大小は体で決まるもんじゃない。肝っ玉の大きさだ!」と…。森田は一昨年秋、阪神のテストを受けた。小さいながら、小気味のいい速球を投げ込むこの小さな大投手はアッサリ合格。そのまま行けば阪神のユニフォームを着ていたところだった。ところが、テストを会社(住友金属)に内緒で受け、合格を事後承諾にしようとしたため、会社がストップをかけてしまった。近大時代は同期に山内(オリックス)、小松(プリンスホテル)がいた。今年ダイエーに入団した木村とともに森田は控え。住友金属に入社後もエースは尾山(高岡商)であり2番手は小島(中日)だった。つまり森田の強さは雑草のしぶとさ。ドラフト5位でも心臓の大きさはトップ級。去年が与田なら今年は森田。148キロのストレートとチェンジアップで一躍、全国区に躍り出た。