「何もないこと」 の “ありがたさ”

2005年09月18日 | 介護日記 -
急な運動は負担になるだろうとの判断で、今日はお買物で「リハビリ」。
近所の大型スーパーを、一周歩いてまわるだけで、なかなかの運動量である。
父は、キャスター付の買物カゴを“手押し”しながら、ゆっくりと見てまわり・・・
食べたい「刺身」や、飲みたい「林檎ジュース」などをカゴに入れていく。
これこそ、究極の「リハビリ」。
身体と脳を、同時に働かせることができるのた。

本日の転倒・・・・・二回。
【1】階段から、オチクレタ!
   頭から床に転げ落ちたが、手でかばい、大事に至らず。
   ヒヤリとした。
【2】お風呂で、しりもち!
   「どっか~ん」と凄い音がしたので、走りこんだが、大事に至らず。
   ※本日、久しぶりに一人で入浴。


今日は、自発的に洗濯物をたたんでくれた。
私は、「アリガトウ」「奇麗にたためたね」と声をかけた。
父の存在を受容して、“居場所を確保する”という意味合いが含まれている。
だから、やってくれたことに対して、お礼の言葉を必ず言う。

象のように膨れた足を見て、かなり心配したが、
「足がだるい」と言いながらも、「いつもと変わらず」。
良かった。良かった。

「何もないこと」の有難さ―。
「ふつうであること」に、感謝の気持ちが芽生えてくる。

そして、今日の父は(足がだるいのに)、庭の石拾いをしていた。
短時間ではあったが、本当に久しぶりのアクションだった。

やはりヘルパーさんに入ってもらうのは、良いかもしれない・・・と痛感!
刺激と変化を与えることで、失いかけている“生命力”が引き出されてくるようだ。
「死にたい」とか、「辛い」「しんどい」などの言葉が聞こえてこない。
身体そのものは、変わらず厳しいはずなのに・・・。

隣の方に、「お父さんは前向きね」と言われ、ちょっぴり嬉しかった。
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近すぎて 「見えなくなってしまうもの」

2005年09月18日 | 介護日記 -
昨日のヘルパーさんから、「肉団子をつくったのですけど、お父様は全く召し上がらず、うどんをつくったら半分だけ食べてくださいましたが、ほんの少しでしたので、ちょっと心配になりました」との報告を受けていた。
私自身は、その理由を“硬いものが食べられないのと、初対面だったからだろう”と(短絡的に)解釈していたのだが、それは違うということが今日になって分かった。

やはり、相手に聞いてみないと、判らないこともあるのだなぁ。
勝手に思い込んでいるだけでは、「真実」は見えてこないものだ。

父は、一人で食べることが、心地良くなかったのだ。
ヘルパーさんがいるのに、自分だけが食べることに抵抗感を覚えたのだという。
「食べな~(四国の方言で、食べることを促す意味です)」
「食べな~と言うても、食べられへんと言うてな、食べへんのじゃよ」
うどんを半分だけしか食べなかったのは、“半分はヘルパーさんの分だから”という思い(配慮)からだったそうである。
   ※ヘルパーさんは、規則で「食べてはいけない」ことになっている。

我が父ながら、「かわいい~なぁ」と、思ってしまった。
昔の“ガンコで偏屈な性格”からは想像できないが、そういう“優しい側面”も持っているのだと、あらためて認識!
同居しはじめて感じていたのは、「年を重ねるたびに、どんどん“生まれた状態”に返っていく」ということだったが、まさに“本来持っている性質みたいなもの”が現れてきているのかもしれない・・・。それは、「父にとって、しがらみのない“自然な状態”のこと」である。

一人暮らしになってからの七年間(四国滞在時)は、自分が“家庭菜園で作った野菜”を、頻繁に隣の家に届けていた。ひとしきり喋って帰ってくるのだが、そういう行為やモノが、父にとってコミュニケーションをはかる手段として介在していたのだろう。
当地に移住してからも、毎月ケアマネジャーさんが訪ねてくれるたびに、お菓子やジュースを、どんどんすすめてあげていた(それは“おせっかい”とか、“ありがた迷惑”と思われるほどの、過剰な“すすめ方”だったので、私はいつもヒヤヒヤしながら見ていた)。

父が日頃“何気にしていた行為”と、その“背景”を見極めることで、“父そのものを深く知ることができる”と思い至った。どのような行為にも、それを引き起こした“背景”が存在するものだ。
しかし、実際の“父と私の時間”においては、そういう作業を“すっとばしてしまう”ことが多い。
そのために、“近い関係だからこそ、見えていないものがあったのかもしれない”。
「私自身が、受けとめてあげられなかった“父のメッセージ”」が、幾つもあったのかもしれない。
そんな印象を抱いてしまった。

人は、変わる。
必ず変わっていくものである。
心も、変わる。

昔の父との関係を思い起こせば、本当に信じられないような“現実”である。
かつて私は、父が大嫌いな親不孝娘だった・・・。
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