「新観光立国論」(東洋経済新報社刊)は英国人の視点で、今後の日本の観光業のあり方を論じている。その提言を煎じ詰めれば、「人口減少・高齢化による日本経済の衰退を救うのは観光業だ」。日本は観光立国の4条件「気候」、「自然」、「文化」、「食事」に恵まれながら、それを十分に生かしていない。
半世紀前の日本の高度成長は人口急増があったお蔭。欧州諸国は人口減少を移民吸収で補った。日本は移民増加に否定的。ならば、短期移民すなわち外国人旅行者を増やすことで解決せよ。
著者のデーヴィッド・アトキンソン氏は日本在住25年、元証券会社のアナリストで、現在は国宝などの文化財を修繕する小西美術工芸社の社長。仕事の関係で日本の神社・仏閣などの文化施設に精通するようになったらしい。その論点を要約する。
●年間国際観光客到着数
フランス 8,473万人、アメリカ 6,977万人、スペイン 6,066万人、中国5,569万人、イタリア 4,770万人に対して、日本は1,036万人で第26位 ちなみにタイは2,655万人で第10位。つまり日本は観光業に関しては後進国。
●観光収入がGDPに占める比率:
世界平均1.8%に対し、日本は0.4%。逆算すると想定できる観光客数は5,600万人。現在の目標2020年までに2,000万人という目標は少なすぎる。
●観光支出額世界ランキング(国民一人当たりの観光支出額):
オーストラリア ($1,223)、ドイツ ($1,063)、カナダ ($1,002)、イギリス ($821)、フランス($665)、イタリア (452)、ロシア ($374)、アメリカ($273) の順。みな一人当たりGDPが高い国だが、日本ではこれらの国々からの観光客が少ない。
●外国人観光客は増えたが、増えたのはアジア人。欧米人は日本までの旅費が高くつくから、滞在日数が長い。滞在日数が長ければ、それだけ金を使う。欧米・オーストラリアからの観光客を増やす方法を考えよ。
訪日外国人観光客の国別ランキング(万人)2014年
台湾 283
韓国 276
中国 241
香港 93
アメリカ 89
タイ 66
オーストラリア 30
●「おもてなし」はオリンピック東京誘致のキーワードになったが、日本人同士だけで通じる価値観。標準以上のサービスを提供しても、観光客誘致のアピールポイントにならない。マナーの良さ、安全、サービス、交通機関の正確さもアピールポイントにはならない。世界遺産登録もアピールポイントにならない。ユルキャラは論外。
●「それはできません」「それは無理です」と否定が多すぎる。サービスとは客のニーズに応えることである。
●観光客の訪日目的はみな異なる。
台湾人:テーマパーク、旅館の宿泊
中国人:買い物
韓国人:食事 (歴史・伝統文化には興味なし)
アメリカ人:食事、自然体験、伝統文化
相手によって、マーケティングを変えることが必要。
●マーケティングには多様性が必要。日本には格安ホテルはあるが、超高級ホテルがない。超富裕層は一泊数百万円のホテルに泊まる。サービスに差をつけて、高い料金を課すことを考えよ(飛行機のビジネスクラス、ファーストクラスは成功している)。飲食業では高級料亭、高級レストランがあり、多様性に富んでいる。
●日本は外国人観光客にとって、便利とはいえない。道路が混んでいる、英語による表示が不十分、鉄道料金が高い、ゴミを捨てる場所がない、など。
●観光資源を活用していない。リゾート施設が貧弱。スキー場ではスキーだけでなく、豪華な食事を楽しめるレストランも必要。ビーチリゾートでも同様。
●神社・仏閣がたくさんありながら、保存状態がよくない。ハコモノはあっても、なにがすごいのかわからない。ガイドブックが貧弱。拝観料を払って記念写真をとるだけでは、意味がない。伝統芸能(琴、三味線、尺八、茶道,能)は稼げる文化財。茶室はTea ceremony roomと言う説明だけでは外国人にはわからない。茶道の説明が必要。
●例外として、伊勢神宮の「せんぐう館」は社殿や宝物の歴史的価値をよく説明していて、外国人に好評。日光東照宮も多言語音声ガイドが充実している。東京の根津美術館も説明が行き届いている。
アトキンソン氏の指摘はどれも説得力があり、なるほどと思わせる。政府や地方自治体の観光関係者、飲食業、旅館業、交通業などに携わる人々にぜひとも読んでもらいたい力作である。