スーパーのワゴン棚に家電製品が並んでいる。陳列品の処分らしい。その隅にシェーバーの替刃が積まれていた。パッケージの「ラムダッシュ」の文字に目が留まる。もしやと積まれたパッケージを漁れば見慣れた外刃のユニット(ES9065)を見つける。値段を見ればなんと100円!定価は4000円以上するシロモノだ。こんなこともあろうかといつも持ち歩くメモを開き型番の確認。内刃(ES9066)も見つけ出す。定価2800円がこれも100円。シェーバーは本体も高いが替刃もミドルクラスの本体が買えるほどの値段なのが泣き所。替刃を買うか本体ごと買い換えるかいつも悩むのだ。それが100円とは悪い夢を見ているような気分。結局外刃2セットと内刃1セットを見つけ出し買い込む。定価で買えば1万円仕事が300円で片付く。ああ、貧乏人の幸せの瞬間だなや。
今日は義父の一回忌法要。お寺さんへ位牌を持ちお経をあげていただく。そのあと藤沢の墓地へ向かう。墓所では周りのお墓もほぼ全てに綺麗な生花や供え物がなされている。春の彼岸にはまだ早いのにと思ってハタと気づく。そうなのだこの区画は新しく建てられたお墓ばかり。つまり同時期に身内を亡くしお墓を建てられた方々ということになる。命日も近い日ばかりなのだった。しかしそれとは別の違和感も感じていた。暫くしてそれにも気づく。お墓に供える花がどれもこれも華やかな生花ばかり。京都では実家が浄土真宗ということもあり仏花は樒(しきび)と決まっていた。墓参となれば朝に父が硯を取り出し、塔婆に戒名と先祖代々追善供養の文字をそれぞれしたため持参し樒とともに供えたものだ。それ故こちらのパチンコ屋の新装開店のような華やかさに違和感を感じたのだった。でもまあ、殺風景なお墓に生花で彩りを添えるのも悪くはないのかも知れないと思い直す。大切なのは故人を敬い偲ぶ心なのだと。